美祢市教育委員会の説明板。
赤間関街道・柳井川の特徴
美祢市教育委員会による説明板が設置されています。
歴史ある赤間関街道を体感できる場所です。
街道の維持管理の重要性を学べます。
美祢市教育委員会が建てた説明板があります。せっかくなので、書き写します。歴史の道(赤間関街道)藩政時代、藩主の居城が萩にあったことから萩を起点として藩内の交通網が発達しました。この赤間関街道(中道筋)もその1つで、萩と赤間関(今の下関)を結ぶ重要な街道でした。往年、武士や庶民、また憂国の志を抱いた維新の志士たちも、そして奇兵隊も戦い場である大田や絵堂に向けて通ったに違いありません。吉田松陰も21歳の時、九州遊学の旅をしたのもこの街道でした。交通手段の発達と共に往時の道は拡幅改良されてきましたが、左の山道は当時の街道の面影を残す貴重な歴史遺産です。ここから150m程先から左の山に下っていますが、そこからは通行できません。近くに、宝暦11年(1761年)銘の地蔵があるようですが、見逃しました。
| 名前 |
赤間関街道・柳井川 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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街道を維持管理するのは大変なこと。説明看板と一部保存でも大変ありがたいです。