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碑の傍らに入魂略記と書かれた碑があり、それによると昭和3年に日露戦争などで散華された御英霊を祀るため建立されたが、 大東亜戦争終戦後の占領軍の愛国的思想の根絶を目的とした慰霊・弔魂的行為の禁止の影響で碑は荒廃した。しかし昭和27年に講和条約が締結され 禁止が解けると、元軍人の方々がかつての戦友の慰霊を行おうと思い、 それに賛同する地域の住民とともに昭和31年に大東亜戦争で散華された御英霊も合祀する形で忠魂碑を再建したとあります。この文面を見ると 占領者による徹底的な思想弾圧の恐ろしさと、それに負けず元軍人だけでなく地域住民が一丸となって再建した事に対する日本人の根の強さを感じます。 なおこの入魂略記碑も平成13年の芸予地震で倒壊し平成16年に地元有志により再建されています。 慰霊碑は日露戦役紀念碑と北清役紀念碑の挟まれる形で建っており、裏側には忠魂碑に刻まれた御英霊を含めた91名の方のお名前が刻んであります。大浦集落の北の海岸沿いに鳥居とお社があるが、これは日高神社の境内社の春日神社で、日高神社は左わきの参道階段を登ったところにあります。 忠魂碑と慰霊碑はその参道の途中にあり、木々に囲まれたところにひっそりと建っています。