本で知る神社の魅力。
| 名前 |
猿養神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP |
https://kagawakenjinjacho.or.jp/shrine/%E7%8C%BF%E9%A4%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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本によりこの神社がどのように紹介されているのかを調べてみる。この神社の名称が「猿飼神社」となっていた。書物をみても、「猿養神社」とあり、「猿飼神社」とはない。調べて見るに「猿養神社」の「猿養」は、この神社の創祀者である「細川頼之」が此の地に来る前の地、「阿波の国の猿養」から名をつけているのがわかる。何かしらの間違いがあったようなので、訂正することにした。(2025年10月24日「猿飼神社」とあったものを「猿養神社」と訂正する。)❶【参考 讃岐郷土研究 第7巻 1964年】猿養神社(1964年の書による、現在ではない)正平3年(1348年)「細川頼之(よりゆき・守護大名)」が創祀したと伝える。木戸浦山の南面に祠を建てて、「妙見大明神」と称し、「細川頼之」みずから祭祀したとある。「細川頼之」は後に、香川郡田村佐村岡の館に居住したが、たびたび家臣に代参させた、とある。江戸の頃まで「妙見大明神」とあったが、明治初年に「猿養神社」と改名した、という。[神社の名の由来と枌所の名の由来]猿を養うと書いて何とよむのか、変わった名である。由緒には 阿波の国の「猿養」というところから此処に来て「上和田」という地名を改めて「猿養」と称した、とある。それから多数の木の先を削り、とがらせて枌を作りこれを地上に壁のように並べ立てて敵の襲撃に備えた、という。是が村名の「枌所」の名の由来であるという。___________❷【参考 香川県神社誌下巻 昭和13年】猿養神社(昭和13年の書による)[祭神] 天御中主命(あめのなかぬしのみこと・日本神話の最高神、創造神)「細川頼之(よりゆき)」が正平2年に阿波国「猿養」よりここに来て、「上和田」なる地名を「猿養」と改めた、とある。そして正平3年に「細川頼之」がこの神社を創祀した、とある。(❶【参考 讃岐郷土研究 第7巻】の内容が同じ部分は割愛する)[沿革]正平3年「細川頼之(よりゆき)」神社を創祀する明治初期「妙見大明神」を「猿養神社」と改称する明治30年(1897年)10月21日 炎上明治32年(1899年)新殿を造営遷座せり。