1565年の歴史を感じる堂。
三善寺の特徴
祖父母や母のお墓があり、家族にとって大切な場所です。
徳川家康が関わった歴史が色濃く残る寺院です。
本堂前には地蔵菩薩があり、地域の信仰の中心となっています。
本堂前の寺史や歴代住職年次によると、徳川家康と本宗寺との一向一揆でこの地域は1565年に焼失してしまい、その後、天正7(1579)年2月26日に領主伊豆守光用が地蔵菩薩を寄進して密教寺(単に名称が密教寺なのか、宗旨が真言宗あるいは天台宗なのかは要調査。さらに、本尊が地蔵菩薩で宗旨が密教というのも不自然。)として創建された。慶安2(1649)年から三善寺を名乗った様。元禄12(1699)年、臨済宗 妙心寺派に申請をしたとされる。元禄15(1702)年、兄弟寺とされる吉良観音寺から半鐘の寄進を受けるが、吉良観音寺は現在では浄土宗である。本堂は平成5年に火災に遭い、平成8年に再建された。鐘楼と手水舎の柱が朱色なのが鮮やかで良い。梵鐘は、昭和19年に大東亜戦争のため金属供出して以来の平成10年12月に復興制作。「南無釈迦牟尼仏」とあり本尊の地蔵菩薩を唱えていない。飛天のレリーフが見事。山門の中央に三つ扇の寺紋が示されている。境内の石灯籠など多くの調度品に大正3年や9年に作られた事が示されている。今現在の宗旨宗派は不明。門前の石碑にも山号寺号だけが記される。寺の東に大きな墓地を持ち今なお多くの檀家に支えられているのが良く分かる。子供用の遊具があるのも微笑ましい。
祖父母、母のお墓がある三善寺小さい頃はブランコや鉄棒などで遊んでいた事を思い出します。以前よりも、回りの木がとてもスッキリして、お墓の場所も増えました。
| 名前 |
三善寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
行った無いから分からん。