鶴見の歴史を学び、心静かに。
鶴見事故慰霊碑の特徴
鶴見事故慰霊碑は事故犠牲者の冥福を祈る場所です。
事故は昭和38年11月9日に発生した三重衝突です。
総持寺に運ばれた犠牲者との関係が深い場所です。
2023年6月25日訪問事故の犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致します。
鶴見事故慰霊碑がここにあるのは、事故当時に犠牲者の一部が總持寺に運ばれて安置された事も関係しています。鶴見事故の写真は總持寺の歴史と共に大祖堂の地階、瑞応殿ロビーに展示されました。毎年11月9日が慰霊の日になります。東京オリンピック前年ですから、今では事故の詳細を知る人はごく僅かです。65歳以上の方が当時の記憶を話していますが、ほとんどは犠牲者や負傷者の話しで事故原因を理解してはいないようです。總持寺百間廊下では毎日、コンクリートの土間に水で2本の線を描き、鶴見事故の供養をしています。また、慰霊碑の右には放光観音菩薩(ひかり_かんのん_ぼさつ)があります。台座部分は国指定の登録文化財です。桜木観音菩薩様と同じく慰霊の役を担っています。
| 名前 |
鶴見事故慰霊碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://www.city.yokohama.lg.jp/tsurumi/shokai/gaiyo/rekishi/no10.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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鶴見事故とは、昭和38年11月9日、国鉄(現・JR)東海道線新子安・鶴見間の滝坂不動踏切から、鶴見寄り約500m地点で、脱線転覆した下り貨物列車に衝突した上り横須賀線電車が脱線し、さらにさしかかった横須賀線下り電車が衝突した三重衝突事故です。この事故により死者161名、重軽傷者119名の犠牲者を出す大惨事になりました。事故発生時、現場は地獄絵図の様であり遺体は總持寺に運ばれました。その悲惨な事故をいたみ慰霊碑を建てる事になりました。昭和39年11月9日に発生した鶴見事故慰霊碑には、160人の物故者名が刻まれています。「鶴見事故慰霊碑」の文字は、總持寺独住18世孤峰禅師の筆です。事故発生現場には五輪供養塔があります。