四日市市の美しい墓所、心静まるひととき。
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| 名前 |
十世 伊藤伝七墓誌 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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四日市市市立四郷小学校西、墓地北側に建立されていて、とても綺麗に維持・管理されている墓所です。※四郷小学校南道路は車は途中までしか通行できません。また、駐車場もありませんので要注意です。※十世 伊藤伝七(でんしち)翁について、資料を引用しご紹介します。【十世 伊藤伝七】1852~1924伊藤家は、農業のかたわらみそ造り、造り酒屋、木綿問屋をしながら、藩の御用も務める家系でした。また、10世伝七は父(9世)について代官所の仕事も行っていました。幕末、安政6年(1859)幕府が一部の港を開いて、自由貿易を許すようになったのを知ると、製糸や紡績の興業が国益になると考えて、5世伊藤小左衛門とともに研究を始めるようになりました。その後、父とともに三重紡績を設立し、父の没後、渋沢栄一の援助を受けて、三重紡績会社を発足させました。大正3年(1914)に大阪紡績と合併して東洋紡績株式会社を設立し、二代目の社長に就き、当時の富田工場は東洋一の紡績工場と称されるまでになりました。終生、小左衛門の薫陶を忘れず、紡績で企業の近代化に尽くしました。また、村人の働き場として工場を移転したり、四郷村役場建設に寄付したりして、四郷村の財政に大きな貢献を行いました。 と、なっています。※隣接の四日市市立四郷小学校は、明治9年2月4日創立、令和8年2月4日で創立150周年を迎えます。祈念式典:令和8年2月20日記念行事:令和7年11月9日●横断幕が掲げてありました。-おめでとうございますー。