大岩山の清水で心潤う。
| 名前 |
白龍弁天神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
〒601-1462 京都府京都市伏見区小栗栖森本町20−20 |
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森本町が一面の田圃で鳶が空を舞っていた頃、大岩山の清水は小栗栖小坂町や小栗栖西谷町などからの複数の水路を下り、田圃の小川に流れ田畑を潤していました。透明な水中に水草が生え、鯰らしき魚がいて、メダカが泳ぐとても綺麗な川でした。小川に面した田圃の一角に、方形の敷地上に石垣が組まれ、その上の緑の生垣に囲まれるように社が祭られていました。敷地面積は現在の倍くらいあったように思います。田圃の一角にある、生垣に囲まれた神社は滋賀県でも見たことがあります。自然の水の恩恵を受け、祠を立てて感謝する心は何処も同じなのでしょう。昭和の高度成長期に田圃が宅地造成され森本町に変わったとき、神社は現在の場所に移されました。手入れはされているようですが昔の面影はありません。大岩山から流れ出た水の流路及び小川の現在について(記憶に残っている水路のみ)1.大岩山に続く丘陵地帯の田圃を抜け、小栗栖西谷町南東角と新小栗栖街道が面する位置 まで・現在の状況は不明2.小栗栖小坂町の人口滝から小栗栖八幡宮を経由して東に新小栗栖街道に面する位置(南小栗栖バス停付近) まで・明智藪付近の人口滝は現存するものの水路は暗渠化されその他の施設は撤去後、埋め立てられた。3.宮山の北から流れ、宮山の裾の西南側に流れる水路。・2.の人口滝の水路と元は同じくしているとみられる。・かっては京都市立栄桜小中学校の北側の水路に繋がっていた可能性がある。4.小栗栖森本町と小栗栖中山田町の間を南北に通る川。・小さな土手が田園地帯の南北を通り山科川近くまで続いていた。・近くで見たことがないので断言できないが、土手に雑草が生い茂り、一部に低木も生えていたので比較的水量の多い川だったと考えられる。(他の水路には土手はみられなかった。)・大岩山展望所の辺りから、人工の白く細長い構造物が折れ曲がりながら続いており、先にダムのようなものが見えるので、これが水源の可能性がある。・現在は京都市立栄桜小中学校の西側を通り、山科川の水門に続いていると見られる。・深草大亀谷へと続く道の途中にある弘法大師錫杖の湧き水の位置とは東西方向にずれているため関係性は不明。5. 小栗栖西谷町の北東角と小栗栖街道が接する位置から伏見小栗栖郵便局の南側を通り、京都市立栄桜小中学校の南西角付近で北方向から流れる4.の川に合流するまで北東から南西に流れる。・北小栗栖付近でどのように流れていたかは不明。・上述の1.2.の水路はこの川に合流していたとみられる。・白龍弁天神社はこの小川の畔に奉られていた。・現在はコンクリートで固められ、一部が途切れた風情の無いただの水路と化している。・森本町の土地造成により河川の位置が変わった可能性もあるため小川と社の正確な位置関係は不明。