海蔵川右岸うららかな道で!
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| 名前 |
鏡淵神社・天白社跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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海蔵川右岸道路沿いに位置。※説明板が建立されていましたので引用しご紹介します。【鏡淵(かがみふち)神社・天白(てんぱく)社跡】この地区の伝説では、「その昔、倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神(あまてらすおおかみ)を奉り、桑名郡野代宮(くわなぐんのしろみや)から鈴鹿河曲宮(すずかかわのみや)に遷幸(せんこう)した折、小杉(こすぎ)から船で海蔵川(かいぞうがわ)を遡(さかのぼ)る途中(とちゅう)、ここで川の中に鏡を落とされた。その鏡を拾い上げた後もその場所が光り輝いていたので、【鏡淵(かがみふち)】といった。と伝わっている。海蔵川右岸(うがん)の流れの中には、城て大きな岩盤(がんばん)があり、その端(はし)は深い淵になっていて「鏡淵」と呼ばれていた。その神秘性(しんびせい)や水の事故などもあり、昔は川遊びする子どもたちから恐れられていたが、平成11年(1999年)海蔵川河川改修(かせんかいしゅう)により「鏡淵」もなくなった。「鏡淵神社」は、明治41年(1908年)「延喜式内江田神社(えんきしきないえだじんじゃ)」(西坂部町3653)に合祀(ごうし)された。そこに建てられていた「鏡淵神社」の碑(ひ)は、昭和61年(1986年12月江田神社境内(えだじんじゃけいだい)に移された。また、昔から「天白(てんぱく)さん」の呼称(こしょう)で親しまれて来た森(もり)と社(やしろ)が、買ってこの南の水田一帯(すいでんいったい)にあった「天白社」は、川の近辺や橋の袂(たもと)に祀(まつ)られることが多く、水の神・農耕(のうこう)の神ともいわれている。毎年9月1日には、豪華な絵の「掛(か)け行灯(あんどん)」を飾(かざ)る「天白祭(てんぱくさい)」でにぎわっていたと伝えられているが、今では森や社の跡(あと)もなく、往時(おうじ)を偲(しの)ぶものは何も残されていない。江田神社では、「鏡淵神社」の祭りを「天白祭」として、毎年8月の最終の日曜日に祭礼(さいれい)が執(と)り行われている。鏡淵神社(無格社) 西坂部字垣内1717【祭神 大日霎命(オオヒルメムチノミコト)天照大神】平成15年11月 三重ふるさと散歩道整備委員会と、なっています。