仁徳天皇の御朱印、京急川崎大師駅前。
若宮八幡宮の特徴
川崎大師駅近くに位置し、アクセスが非常に良好です。
幼稚園と合体した独特な造りの八幡宮です。
毎年4月に開催されるかなまら祭が特に有名です。
京急川崎大師駅から横断歩道を渡ってすぐのところにありました。平日の昼頃に伺ったので参拝している人がほとんどいませんでした。通り沿いにある神社で末社がいくつかありましたがさほど広くない境内でした。社務所に寄り、御朱印を拝受しました。ありがとうございます。
御朱印500円。川崎大師駅から歩いてすぐ。境内には金山神社があり、黒光りした金勢様がチン座しております。
オヤジ駄俳人。大森の金山神社が衰退している。ならば近くの金山神社はどうなんだろうと行ってみた。あれっ、八幡宮だが?? 外からは隠れていたが、奥の末社に金山神社があります。企業のノボリが立っており、こっちの金山神社は大丈夫そう。さて、源頼朝が鎌倉攻略の時、この地に陣をはり成功、御礼に神社を建てたのが八幡宮の始まり。勝負に勝つとか御利益ありそう。鎌倉幕府の始まりは「この地」と言っても過言では無い。なかなか自然があふれていて、ハトやトンボを見つける。トンボ、川中島公園から来てるんか。夏と言えば「蚊」。蚊もどっから来てるのか不思議。いつの間にか家にいるし。さて、昔、ここら辺の名主(酒豪で有名だったんだろうね。)のもとに酒豪達が酒飲み合戦を挑み、三日三晩飲み続けた話があるそうだ。それにちなみ、10月に川崎大師で酒豪達が名乗りを上げ、ここ若宮八幡宮で和解する愉快な行事があるらしい。これは見てみたい。クチコミを見ると4月の「かなまら祭り」が有名、しかも金山神社が主体やん。8月に行ったので静かな神社でございました。夫婦が3組ぐらいバババッと来たけど子宝祈願なのかなーとはゲスの勘ぐり。八幡宮の方だから普通の御参りやろ。ーーーーかんなづき 神の居ぬまに 酒合戦子宝を 祈る金山 夏の雲頼朝の 勝ちどき響く 夏の空。
御祭神は16代仁徳天皇。もともとは多摩川をはさんだ六郷の地にあった八幡塚六郷神社の氏子が大師川原を干拓する際ため、この地に移り住んだ際に分祀したのが始まりとされています。仁徳天皇は大阪の淀川の干拓事業を成功させたとして名高く、その御神徳にあやかり、多摩川の干拓を成功させようととしたことで祭神とされました。神仏習合の時代には川崎大師こと平間寺の鎮守社とされていましたが、明治時代の神仏分離のさいに独立しました。鉄筋コンクリート瓦葺きの社殿が重厚で力強い印象を受けました。川崎大師の参拝と合わせて参拝する方が多いようで、この地域のパワースポットとして、人々に愛されていると感じました。御朱印の種類が豊富でイラスト入りのものが時期限定でいただけます。通常の御朱印も同じ境内の金山神社のものと合わせていただきました。独特な字体のもので芸術的だと感じました。
京急大師線の川崎大師駅南口から,大師駅前信号を渡ってすぐ、病院の隣りにあります。大師河原総鎮守として、創建されたとのこと。大師駅方面から来るとすぐに見える白い鳥居側には、駐車場があり、「若宮幼稚園」が併設されています。さらに歩いて進むと、もう一つ鳥居があり、そちらから入ると表参道・社殿へと行かれます。八幡神(応神天皇)の若宮(仁徳天皇)をお祀りするので、「若宮八幡」と称されているそうです。拝殿前には、奉納された酒樽が積み上げられているのが特徴的で、面白かったです。そしてこちらの境内社には、有名なお祭りのある金山神社があります。そのお祭りとは、毎年4月第1日曜日に開催される『かなまら祭り』で、海外の方も多く来るほど国際的に知られたお祭りのようです。今年も盛大に行われたようで、写真を見ると、御神輿や御神輿を担ぐ方々の服装等、とてもユニークなものでした。商売繁盛、子孫繁栄(子授け)、安産、縁結び、夫婦和合のご利益があるそうです。こちらの金山神社の社殿は新しく、1999年に新築されたようで、鉄板で覆われた正八角形の黒一色の社殿は何とも不思議な感じです。他にも境内には、大鷲神社や、赤い鳥居のある藤森稲荷神社などもありました。若宮八幡宮拝殿横には社務所があり、そちらでは若宮八幡宮と金山神社の御朱印がいただけます。祭事などに応じて、可愛らしいイラストの入った限定御朱印が用意されるようで、公式ツイッターで確認できるようですよ。訪れたのは、4月下旬の日曜日のお昼頃でしたが、ひっそりと静かでした。
| 名前 |
若宮八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
044-222-3206 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
〒210-0802 神奈川県川崎市川崎区大師駅前2丁目13−16 |
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有名?な奇祭が摂社の金山神社にありますが、この若宮八幡宮が本社になります。元々は川崎大師平間寺の鎮守社でした。ただこの神社も明治大正期には衰微していたらしく、大正3年の神奈川県橘樹郡役所が編纂した公式地誌『神奈川県橘樹郡案内記』には大師河原村の川崎大師の項に「鎮守社」とあるだけでそれ以外に一切記載がありません。大師河原村の村社なので記載があって当然なのですが、よくわからないです。昭和52年に金山神社の祭りを再興したとあり、そこから繁栄したようです。