鎌倉時代の知恩寺 宝篋印塔。
石造宝篋印塔の特徴
鎌倉時代後期に造られた貴重な宝篋印塔があります。
宮津市指定文化財としての歴史的価値が認められています。
使用されている石材は花崗岩で、独特の風合いを持っています。
宝篋印塔が各所にあり大切な空間なんですね。
和泉式部の歌塚と言われているようですが 墓は宮津市山中119 にある様です。
《解説看板》 石造宝篋印塔(鎌倉時代)宮津市指定有形文化財(建造物)宮津市字文珠 智恩寺この石塔はいつのころからか和泉式部の歌塚と伝えられている。『丹哥府志』によれば、丹後守藤原公基が日置金剛心において、和泉式部が書捨てた和歌を持ち帰り、なみだの磯(涙が磯)に理めて鶏塚と呼んだという。その反古の一首が、いつしかと待ちける人に一声も聞せる鶏のうき別れかなその後明応(1492~1501)のころ、砂に理まった塚を掘り出して文殊堂の傍らに建てたのが今の歌塚であるという。彼女が丹後に下って詠んだ歌のいくつかは知られているが、前記の歌が丹後において詠まれたものかは分からない。丹後において各処の和泉式部伝説のあるなかで、これもそのひとつとしてうけとればよい。搭は堂々として基礎の格狭間や、塔身の楽研彫の四方仏の種子、笠石四隅の突起等に時代的な特徴がみられる。宮津市教育委員会。
ĐẹpCổ
宮津市の指定文化財で、鎌倉時代後期に造られたとされており、石材は花崗岩です。
知恩寺宝篋印塔。(202112)【みちみち】※宮津市指定有形文化財。智恩寺(ちおんじ) 宝篋印塔 。鎌倉時代後期、花崗岩。🅿️駐車場無し、最寄り有料駐車場へ🚻トイレ有り。(各所にトイレ有り)※客観的に普通の物が『最高』評価にはなりませんので悪しからず。
宮津市指定有形文化財の宝篋印塔で鎌倉時代に作られたものらしい。和泉式部の歌稿を埋めた鶏塚の上にあったものをこちらに移したとされている。
| 名前 |
石造宝篋印塔 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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【石造宝篋印塔】この石塔はいつのころからか和泉式部の歌塚と伝えられている。『外部府志』によれば、丹後守藤原公基が日置金剛心院において、和泉式部が書捨てた和歌を持ち帰り、なみだの磯(涙が磯)に理めて鶏塚と呼んだという。その反古の一首が、いつしかと待ちける人に一声も聞せる鶏のうき別れかなその後明応(一四九二~一五〇一)のころ、砂に理まった塚を掘り出して文殊堂の傍らに建てたのが今の歌塚であるという。彼女が丹後に下って詠んだ歌のいくつかは知らしれているが、前記の歌が丹後において詠まれたものかは分からない。丹後において各処の和泉式部伝説のあるなかで、これもそのひとつとしてうけとればよい。階は堂々として基礎の格狭間や、塔身の薬研膨の四方仏の種子、笠石四隅の突起等に時代的な特徴がみられる。