消防救急発祥の地、横浜の魅力。
消防救急発祥之地の特徴
明治4年から明治32年までの防火貯水槽が保存されています。
旧外国人居留地の消防隊が設置されていた歴史的な場所です。
横浜情報文化センターの裏、大桟橋通り沿いに位置しています。
消防救急発祥の地 横浜1859年の横浜開港後、外国人居留地が設けられ、海外の貿易商人たちは火災による商品の損失を恐れていました。火災から財産を守る為に欧米から最新の消火機械を取り寄せ、1864年には日本で初めてポンプ車を備えた居留地消防隊が組織る。これが近代消防の先駆けとなる* 現在の横浜市中区関内地区には、当時の名残として道幅が広く、建物が隣接しないような街並みがいまだ見られる。また、横浜都市発展記念館の敷地内には石碑や、旧居留地消防隊地下貯水槽の遺構も残されている。* 日本初の消防車・救急車の配置:1914年には日本初の消防車1933年には日本初の救急車横浜市の山下消防署(現在の山下消防出張所)に配置され運用が開始された。横浜は歴史的に消防救急と深い歴史があることが今もなおうかがえる。5月末くらいから周りの紫陽花がとても綺麗。
神奈川県警察部山下消防署において昭和8(1933)年3月に救急車が配備された。尚、消防車は大正3(1914)年に配備されている。
横浜が消防救急の発祥だった事を知りました。
外見を柵越しに確認できます。夜間は見えないかもしれない。
この貯水槽は、明治4 (1871) 年から明治32(1899)年までここを本拠地とした居留地消防隊(Yokohama Fire Brigade) の防火貯水槽として建造されたものです。この地に居留地時代から100年以上も良好に保存され、昭和47 (1972) 年まで使用されました。構造物としての特徴は、内部のヴォールト (アーチ) 型の天井と十字の補強用の間仕切りにより4室に分かれていることで、役割を終えた現在でも地下水の流入により常時貯水されています。またここは、居留地消防隊が本拠地として使用した後にも、日本初の消防車 (大正3(1914) 年)、救急車 (昭和8(1933)年)が 配置されるなど、日本における近代消防ゆかりの地ともいえます。横浜市では、自治体消防体制発足時代の横浜市消防局本部がおかれ、平成6(1994)年まで日本大通消防出張所として100年以上の消防の歴史があるこの地の貯水槽を保存しています。
横浜は、先端の都市であった場所だな〜と感じるのは発祥の地が沢山有ることです。
横浜情報文化センターの裏、大桟橋通り沿いにあります。この消防救急発祥之地は旧居留地消防隊 地下貯水槽遺構と一緒にあります。中消防しょ解説の地としての記念碑を見ると「1919年(大正8年)統治に特設消防署として第二消防署(現在の中消防署)が開設され、同年9月1日より事務所を開始す」とありました。また一緒に設置されている貯水槽は「居留地消防隊が本拠地として使用した後にも、日本初の消防車(大正3年)、救急車(昭和8年)が配置されるなど、日本における近代消防ゆかりの地とも言えます。横浜市では、自治体消防体制発足時代の横浜市消防局本部が置かれ、平成6年まで日本大通消防出張所として100年以上の消防の歴史があるこの地の貯水槽を保存し、展示しています。」との事です。
碑があるだけ。すぐ近くに、旧居留地消防隊 地下貯水槽遺構がある。
明治初年から 旧外国人居留地の消防隊が置かれ, 防火貯水槽として建造されたものが ほぼそのまま遺構として残され, 2003年4月に「旧居留地消防隊地下貯水槽」として公開された。またこの地は その後も 消防署が置かれて, 日本初の消防車や救急車が配置されるなど「日本の消防近代化ゆかりの地」とされており, 「消防救急発祥之地」の碑もそれを記念するものである。なおこの「消防救急発祥之地」の碑は, しばらく 中消防署山下町出張所に設置されていたが, 「旧居留地消防隊地下貯水槽」の遺構が整備・公開されるのを機にここに戻された。
| 名前 |
消防救急発祥之地 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
045-224-8181 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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横浜はさすが発祥の地が多い。