真田氏の歴史を体感!
真田氏歴史館の特徴
真田一族の歴史を深く知ることができる資料館です。
真田太平記の展示品が多く、歴史好きにはたまらない場所です。
入館料250円で真田家関連の貴重な資料を楽しめます。
真田市歴史館。入場料は大人1名250円。周辺に駐車場あります。無料で駐車できます。戦国から江戸期まで、真田氏の歴史が展示物と供に紹介されていました。館内は撮影禁止となっています。平日の訪問でしたので、ゆっくり見学させていただきました。
秀吉からの書状原物がありとても貴重なもの。戦国時代好きには良い施設。2025年6月。
上田市は数々のロケを誘致しているのですね。私の記憶では真田幸村の謀略と言う映画が最も古いものでありますが展示の中にそれはありませんでした。入館料も安いし是非ご覧になられてください。みなさま。
入館料は250円と比較的リーズナブルですが、その分施設も小さめ。展示は一室のみで展示物も数は少なく複製品が多くを占めます。無料の博物館と言われても違和感ないレベル。物販がそれなりに充実しており、六文銭の入ったぐい呑やタオル等お土産にできそうなものも結構あります。
こちらは上田城や博物館と比べてしまうと小規模ですが…拝観料も安いので行ったら行ったで楽しめました!!ただ山頂の方に行くので行くまでがちょっと大変かもですw
2024.10.4来訪しました。貴重な展示物が多数ありますが、全体的にこじんまりとしています。丁寧に見ても30分くらいで見終えるので、時間がない方でも、大丈夫かと思います。
真田一族の歴史や想いに触れる事ができる場所。江戸や尾張、大阪から遠く離れたこの地が歴史を揺るがす舞台となり、知略と勇気に傑出した人物を育んだ地域であったことを知ることができる、唯一無二の歴史館。真田一族にゆかりのある、近隣のお寺や神社、墓所や城跡も巡ると、一層気持ちが高鳴ります。
真田氏歴史館滋野氏→海野氏→実田(真田)氏の流れが詳しく解ります。普段は絶対に観る事が出来ない特別展示、信綱寺所蔵「信綱の血染めの陣羽織」を拝見する事が出来ました。
ここは片田舎の土豪に過ぎなかった真田幸隆が武田信玄に仕えて、目ざましい戦功をたてた幸隆の生地。5人の子供に恵まれたが、一男、二男が「長篠の戦い」で戦死!三男の昌幸が家督を継ぐ。なんと彼は情勢に応じて1年間で、織田・北条・徳川と主君を変えて地位を不動のものとしている!?.........また昌幸の二男が 真田幸村!高野山配流とは?慶長5年(1600) 家康は上杉景勝を討伐する軍を起こした。 真田昌幸・幸村父子は徳川軍に従っていたが、下野 犬伏 (栃木県佐野市)で石田三成から石田方 (豊臣秀頼方) へ加わるようにとの密書が届き、 父子は協議した末に、昌幸と幸村は豊臣方へ、 長男信之は徳川方へ付くことになる。そこで父子、兄弟は犬伏 で訣別することになる!これが世に言う「犬伏の別れ」である。それにしても、戦国時代は非情なもので親子兄弟は縁を切ってまで争っていたものである..........。上田城に戻った昌幸は、関ヶ原に向かう徳川秀忠の大軍の進路をはばみ (第二次上田合戦)、秀忠 の関ヶ原到着を遅らせたが、 結果は石田方の大敗 となり、家康の命により昌幸・幸村は高野山(九度 山)に流されるのである。その後、真田幸村は大阪夏の陣で家康本陣に肉迫するが戦死(49歳没)を遂げる!真田家の家紋が六文銭?三途の川の渡し賃で武士が戦いに挑んでは生きて帰れぬものという強い意志を表している!慶長16年(1611) 昌幸は和歌山県九度山で波瀾に 富んだ生涯を閉じ享年65才、 智勇兼ねそなえた名将であったという。一方、昌幸の長男信之は徳川方に付いた為に真田家は松代に移って絶えずに存続できている.....。彼はなんと93歳で没している!
| 名前 |
真田氏歴史館 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0268-72-4344 |
| 営業時間 |
[木金土日月水] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
駐車場は無料で広い。入場料は250円。展示スペースは狭く写真撮影は不可。真田三代ゆかりの品や資料の展示がある。ただ困ったのは「信繁」と「幸村」の使い分け。資料によってごちゃまぜなので、すごく混乱する。後の世の人がフィクションを加えて「幸村」にしたのがひとり歩きしたのだが、やはり歴史館ならば、正しい名称を使って欲しい。