歴史を感じる高良社の静寂。
八幡神社の特徴
旧本殿の高良社が雰囲気抜群で訪れる価値があります。
瑞籬門や随身門など歴史的建造物が点在することが魅力です。
中仙道八幡宿の由来となる由緒正しい神社の一つです。
本殿・拝殿は1783年高良社(重要文化財)は1491年瑞籬門は1708年隧神門は1843年の建立たまたま見つけた神社ですが見どころが多くて良かったです社殿や門には確かな歴史を感じられましたクチコミも少ないし訪問者も多くはなさそう良い神社なのでもっと周知されていいと思う入り口は二ヶ所あり、片方に駐車スペースあり。
旧浅科村の八幡宿を通過していてふと立派な神社が目にとまりました。少し離れた場所に車をとめて歩いて参拝させていただきました。こういった神社は駐車場があっても不思議ではないと思っていましたが、例外もあるんだなと思いました。門をくぐると奥に社務所や本殿がまとまっていました。社務所ではお札やお守りを購入できるようになっているところを見ると他に参拝をされる方がいらっしゃるということでしょうか。さらに奥へ進むと休める場所がありました。裏にはのどかな田畑が広がっていました。
八幡神社(はちまんじんじゃ)。長野県佐久市蓬田。旧郷社。主祭神:誉田別命 息長帶比賣命 玉依比賣命配祀:高良玉垂命資料によると、社伝によると、貞観元年、滋野貞秀公によって勧請された古社。当地を支配した望月氏は、望月の鬼門除けとして崇敬したという。『吾妻鏡』に「佐久八幡宮御前二十騎」と記されており、武神として、また、御牧七郷の総社として、領民、領主、藩主から篤く崇敬され、度々の寄進や修理営繕を受けた神社。旧本殿を利用した高良社について。武内宿禰(高良玉垂)を祀る社なので、八幡宮摂社に相応しい社なのだが、あるいは高良(コウラ)は、高麗(コウライ)からの変化で、もとは高麗(コマ)、つまり駒(コマ)だったのかもしれない。であれば、信濃御牧(貢馬のための牧場地)に祀られる社としても相応しい。とあります。参考として、御牧七郷(みまき しちごう)とは、長野県東御市にある大伴神社(おおともじんじゃ)の「御牧(みまき)七郷」と呼ばれる地域全体を指す言葉です。この地域は、佐久地方の延喜式内社(えんぎしき ないしゃ)の一つである大伴神社が総社であることからそう呼ばれています。
創建年不詳。御祭神は誉田別命(応神天皇)、息長帯姫命(神功皇后)、玉依姫命。拝殿は天明3(1783)年、立派な随身門が天保14(1843)年、旧本殿の高良社(こうらしゃ)が延徳3(1491)年建立。鳥居の前にある八幡神社前バス停は神社の屋根風に造作された待合所になっている。
歴史ある神社で、重要文化財である旧本殿の高良社は室町時代、他にも数百年前の建物が複数残っています。立派なケヤキも複数あり門と併せて迫力があります。道祖神の石碑もありました。
国重文の旧本殿の高良社が雰囲気が抜群に良かった。ほかにも随神門や現本殿の彫刻など見どころ多い。
旧本殿高良社のほかに、瑞籬門(みずがきもん)が宝永5年(1708)、本殿と拝殿は天明3年(1783)、随身門(ずいじんもん)は天保14年(1843)に建立されたそうです。装飾がすごいですよ。また、額殿には、1780年に奉納された県下最古といわれている算額があるそうです。祭神は誉田別天皇(応神天皇)、息長帯姫命(神功皇后)、玉依姫命の三柱。算額:和算家たちが問題とその解法を示した額だそうです。
ひっそりした中にこんな立派な神社がです。彫刻がとても立派です。
中山道八幡宿の由来となった由緒正しい神社。国の重要文化財に指定される高良社は室町時代から残る歴史ある社殿。本殿や随身門も江戸時代建立の由緒ある建築物です。なかなか雰囲気のある神社ですが、少し寂れた感じにも見えるところが原点ポイント。
| 名前 |
八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0267-62-3285 |
| HP |
https://www.city.saku.nagano.jp/kanko/townguide/temp/yawata.html |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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額殿には、1780年に奉納された県下最古といわれている算額が有る 祭神は誉田別天皇(応神天皇)、息長帯姫命(神功皇后)、玉依姫命の三柱参道に見事な随神門、瑞垣門 立派な彫刻の施された拝殿、本殿の先に国指定重要文化財の高良社が建ちます駐車場は神社の裏手に在りますが、車道は狭いので注意が必要です。