北条早雲の晩年、富士山一望。
韮山城跡の特徴
伊勢宗瑞(北条早雲)公の終生の居城であり、歴史的価値の高い名城です。
城池親水公園の大きな池と綺麗な散歩コースを楽しめ、家族連れに最適です。
山頂からの富士山の眺望が素晴らしく、初心者向けのハイキングにもおすすめです。
車で訪れると麓の高校の方からでは駐車場が無いので、他の方のコメントにあるように江川邸の駐車場に停めることになります。頂上の本丸部分までは徒歩で徒歩20分ちょっとというところ。5月に行ったので虫に悩まされることはありませんが、真夏は虫対策は必須と思われる程度の木々があります。豊臣の北条攻めでは数千人の兵が3ヶ月籠城したと伝わりますが、そんな人数が入っていられたとは思いがたいこじんまりとした山城。
韮山駅から徒歩20分ほどで城池親水公園に到着。車なら江川邸か、親水公園北側の駐車場に停めれば三の丸に続く登城口はすぐだ。しかし、堀切などの遺構を確認したいなら、駅から徒歩で向かうことをお勧めする。徒歩で城址や親水公園へ向かうには案内板通りに進めば良い。中学校の脇の坂道を進むと車両通行止めの切り通しに出る。実はここが堀切だ。堀切を抜けると城池親水公園に到着。更に案内板通りに左に折れると程なく左手に堀切を確認できる。更に先の階段を登ると、「堀切3」と書かれた看板のある堀切に出会える。山際を北に進めば三の丸の登城口と駐車場に出るので、駐車場から直接向かうとこれらの遺構は確認できない。また、駐車場先に三の丸の東側を巡る堀跡があるのだが、案内板もないので見過ごしに注意しよう。登城口から三の丸に至る坂道は右に折れていて、「坂枡形」のような様子になっている。三の丸はテニスコートとなっている。坂道を登り切った右手の土塁上は櫓台かもしれない。案内板に沿って進むと土塁の開口部(虎口)先に熊野神社のある権現曲輪に出る。ここへは親水公園から直接向かうこともできる。周囲を土塁が囲み、親水公園側の壇上に神社がある。まとまった広さがあるので何らかの城の施設があったのかもしれない。権現曲輪と二の丸間にも堀切がある。道に沿って行けば二の丸に至る。周囲を土塁で囲まれた広い場所なのでここに主要な施設があったのかもしれない。南北の土塁は広く削平されていて、櫓でもあったのだろうか?二の丸と本丸間には堀切と埋もれて高さが無い土橋がある。堀切先の階段を登れば最高地点の本丸に出る。こじんまりとした場所だか、眺めが良い。ここから富士山も望めるとのこと。麓の韮山高校は居館跡。高校の正門付近は大手口だ。現在の城址はこじんまりしているが、往時は二重、三重の堀に囲まれた壮大な城だったとのこと。付近に砦も設けて、本城を中心とした広域の城砦群であり、ありし日の姿をここで妄想するのも面白い。総じて土塁や堀切などがよく残っているが、表示や解説板はあまり整備されていないので予備知識が無ければピンと来ないだろう。発掘成果や特徴など記載されたものがあればもっと楽しめるのにとても惜しい。北条氏ファンなら聖地の一つ。もう少し工夫してもらえたらと期待する。
始めは、こんな小山に?と思ったが、本丸からの眺望は素晴らしい👍一見の価値あり。本丸から富士山🗻も綺麗に見えます。北条早雲も毎日富士山を眺めてたんでしょうね。
韮山城は北条早雲が本拠とした城として有名である。韮山城の周辺には支城や砦が多く確認されているが時間の都合で韮山城しか訪問てきなかった。韮山城周辺はかつては湿地帯だったようである。その部分には水堀が巡らされていたようだ。韮山城は山上の部分と下の平城部分が融合した城郭だったようだが、今は水堀は埋められ、下の部分は韮山高校などになってしまっている。山上部分も一部テニスコートなどに改変されているが、本丸、二の丸、権現曲輪などは城らしさを残している。本丸はあまり広くないが、富士山を間近に見渡すことができる。二の丸は土塁が確認でき、本丸との間には堀切と土橋がある。本丸から南側には尾根沿いに小郭があり、塩蔵と呼ばれる障子堀のような土塁で囲まれた遺構が確認できる。韮山城単体だとほぼ山上部分しか残っておらず、広さもあまり広くない。周辺の支城などとセットで見学したらまた違った感想になるのかもしれない。韮山城は15世紀末に北条早雲によって本拠として整備された。早雲死後北条氏の本拠は小田原城に移ったが韮山城も北条氏の伊豆支配の重要拠点であった。韮山城は1570年の武田信玄の駿河侵攻で落城することなく耐え、1590年の豊臣秀吉の小田原侵攻時には3600の兵で豊臣軍5万による包囲にも落城しなかった名城である。戦後は徳川家康の持城となったが、1601年に廃城となった。
北条早雲(伊勢宗瑞)公 最後の居城跡です。建物等 残っていませんが、 とても眺望の良いところです。
城池親水公園に無料駐車場あり池には釣り人がいるおもったより大きな池と綺麗な散歩コースがあり低山ながら階段の多い山登りを体験可能「龍城山」頂上では富士山が見えとても綺麗な場所でした。
韮山城は伊豆に進出した伊勢宗瑞(北条早雲)が伊豆国を統治していた堀越公片の足利茶々丸を追放してから城主と成る。徳川家康が関東に入ると内藤信成が伊豆国一万石を与えられ韮山城主となるが関ヶ原の戦いの後、駿府城を与えられた事から韮山城は廃城と成ったとの事です。伊勢宗瑞の二代目 氏綱から北条を名乗ったとの事で宗瑞が北条を名乗った事は無いそうです。本丸は龍城山の最高地点であり標高42mにあり晴れていれば富士山が見えます。韮山城跡には建物は残されていませんが、本丸と二の丸の間には堀切や土塁、堀を確認する事が出来ます。城池の周りにも堀の石垣なども見られます。散歩がてら健康の為に上ると人の姿もありました。
周囲は城池親水公園になってます。駐車場にトイレあります。本丸跡から正面に富士山が見え絶景です!三の丸はテニスコートになってますが二の丸、本丸よく残ってます。本丸下の立入禁止区域は帯郭のようになっているようでした。こじんまりしてますが堀切も残っていて見どころは多いです。北条早雲によって築城されたお城跡で豊臣秀吉の小田原攻めでは3ヶ月持ちこたえたそうです!小田原開城とともにこちらも開城し、1601年廃城されたそうです。
北条氏立身出世巡りと銘打ち、小田原城跡→(伊豆山神社)→(來宮神社)を経て当所韮山城跡に。小田原駅からバスや電車で湯河原駅、来宮駅、三島駅、そして韮山駅ののんびり観光。蛭ヶ小島公園を経て中学校脇を抜け、裏の城池側に。いくつかの堀切を見ながら城跡入口を登っていく途中でラケットでテニスボールを打ち合う音が。三ノ丸に隣接する高校のテニスコート。そこから二ノ丸→本丸に至るまで山岳部の学生が荷重のあるリュックを背負って登り下りの練習、行き交うたびにこんにちわと挨拶していく。良い学校!当所を取り巻き各砦が配されているようで決してここだけを見て判断してはいけないが小ぶりで堅固ではないと思う。そのような城から箱根を駆け降り、大森氏を攻め、あの小田原城の主となったのだから面白い。
| 名前 |
韮山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
055-948-1428 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/bunka_bunkazai/manabi/bunkazai/20140925.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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2025年10月下旬の平日の11時頃に登城車は皆様同様に江川邸に停めました。駐車場から本丸跡まで10分少々かな。本丸跡から天気が良ければ富士山拝めそうかな。