伯備線の魅力、上菅駅で発見!
上菅駅の特徴
上菅駅は上菅よりどころステーションとして整備されています。
伯備線の行き違いができる長いホームが特徴的です。
特急やくもの待ち合わせも可能な駅です。
特急やくもの待ち合わせがある。
通りすがりに立ち寄りました。駅舎前は意外に広く、昔は賑やかだったのだろうと偲ばれます。
往時は長大編成の列車が停車したのだろう長いホームである。現在は二両ばかりの鈍行がこじんまりと停車している。延長したホームの作成年代がコンクリートに残されており、1981年11月かそんなに古くないないやいやもう既に半世紀程昔のことともいえる。
伯備線の駅。令和5年2月の旅行途中で撮影。駅で降りることはなかったが雪深く、駅標が風景に溶け込んでおり、とても風情があった。
伯備線の単線区間のうち、行き違いがある駅の一つです。駅にはトイレ、待合室、公衆電話のほかはめぼしいものはありません。しかし待合室内の観光情報や歴史物語はおもしろく、なかなか読み応えがあります。
伯備線は谷田峠で分水嶺を越えて今度は日野川に沿って伯耆大山、米子を目指す。そして日野往来もほとんど平行している。日野川第一発電所が近いが「県」の所有だとか。米子へ行くなら車で「菅沢ダム」を越えれば便利なのが現実である。電化されても一部の普通列車は気動車で昔はキハ33も生山まで運転されていた。
「上菅駅」2019年のバイクツーリングで立ち寄りました。1日の平均乗降人員は12人程度らしいです。2015年10月に17日に『上菅よりどころStation』がオープンしました。これは秋の陣主催者でもある『日野軍みらい創生デザイン会議』が設置したもので、駅舎を活用してJR利用者に地域の誇りを知ってもらおうと、上菅駅周辺を紹介するパネルを展示したものです。パネルには福姫伝説のことや、学史的にも価値の高い「都合山たたら遺跡」のことなどが紹介されています。「都合山たたら遺跡」についてですが、古来より製鉄が盛んな奥日野地方にあった、日野郡の大鉄山師近藤家が明治22年から明治32年まで営んだ代表的なたたら跡のことです。明治31年に行われた東京帝国大学の俵国一による現地調査がなされるといろいろなことが分かってきました。平成20年に実施された発掘調査及び文献調査によって、近藤家文書に記された大鍛冶場2棟を検出する等、俵の記録にはない知見が明らかになるとともに、高殿・砂鉄洗場・鉄池・銅小屋・大鍛冶場が効率邸に配置されていること、10年程度で移転する操業体制であったこと等が確認されました。これらにより、都合山たたら跡は明治中期以降に機械動力が導入される以前の伝統的な「たたら吹き製鉄法」本来の姿を留めていることが証明されることになります。パネルの受け売りですが、なかなか面白い内容でした。駅にきたのに、民俗資料館に来た気分です。
無人駅ですが、「上菅よりどころステーション」として、数年前に整備されました。特にかつて周辺で盛んだったたたら製鉄に関する展示が充実していて、駅にいながら鉄の歴史が学べます。鳥取県指定史跡となった都合山たたら跡までは「たたら街道」を歩いて、駅から3km少々です。
| 名前 |
上菅駅 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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雪解け間近の季節に訪問近隣に御用があって行って生山駅に行っても特急が満席で無駄な体力をつかうこともあるので2時間待ちなら駅にいた方が良い本当に列車が少ない上食べるところがないのがつらい。