豪徳寺で守られた井伊直弼公の歴史。
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| 名前 |
遠城謙道師の首座塔 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大老 井伊直弼死後、出家までして豪徳寺の37年間、井伊直弼公の墓守をされた方です。元々は彦根藩の鉄砲足軽でしたが、主君の旧恩に報いるために老中に抗弁しようとしますが果たすことができませんでした。そのため、妻と6人の子どもを残して仏門に入り、井伊直弼公の墓の近くに庵を建てて、読経をして霊を慰めたといわれています。また、明治維新後、直弼を「姦賊」扱いする風潮がある中、井伊直弼公に官位を授けよう建白書を明治政府に提出するなど、井伊直弼公の名誉回復に生涯をささげた方です。直弼公の墓守と呼ばれた遠城謙道の墓ですので、井伊直弼公の墓所の後ろを守るようにその首座塔が建立されています。また、その隣には、桜田殉難八士之碑も建立されて、井伊直弼公のお墓参りの折には、そっと後ろを足を踏み入れてはと思います。