公園中の月島渡し跡、歴史に浸る。
| 名前 |
月島の渡し跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
〒104-0052 東京都中央区月島3丁目24−11 隅田川テラス(月島 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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わたし公園の中にある月島の渡し跡の説明版です。---月島の渡し跡石川島と月島の間の渡しは、明治25年(1892年)11月に開設されました。乗船場は、隅田川貨物駅(現・東京駅八重洲口付近)との間を、貨物船の発着船着場や、槍付けの支柱が並ぶ桟橋で、渡し場跡の石川島側付近に位置していました。渡し舟は最大35人乗りで、約5分ほどで両岸を結び、多くの住民が利用していました。当時、隅田川の運行ルートには他にもいくつかの渡しがあり、月島の渡しはその一つでした。大正12年(1923年)の関東大震災後、渡し場の利用者は急増し、昭和11年(1936年)には年間200万人以上が利用するようになりました。しかし、昭和14年(1939年)4月の勝鬨橋開通により、渡し場の利用は減少、昭和15年(1940年)3月に廃止されました。この渡し場は、月島地区の発展に重要な役割を果たし、日本の近代化に寄与した渡船と言えます。