駅猫ミニさむと出会える駅。
那珂湊駅の特徴
ひたちなか海浜鉄道湊線の拠点駅として多くの旅客が訪れます。
昔ながらの駅舎には様々な工夫があり、訪れる楽しみがあります。
駅猫ミニさむに会えるスポットとしても親しまれています。
ひたちなか海浜鉄道の拠点駅。この駅には自動券売機がある。Suicaは利用不可。近隣に茨城交通の車庫があり、バスとタクシーの発着場もある。
2026年3月28日に利用。有人駅です。汽車の時間に合わせて改札するため、それまでは待合席などで待機します。自販機あり。待合エリアにはひたちなか海浜鉄道などの鉄道に関するものが展示されています。トイレは改札内と外に公衆トイレがあります。那珂湊の魚市場まで徒歩10分程度。人気の観光地なので人の乗降も多いようです。
駅猫ミニさむに会える駅。地元の有志の方が、FacebookやInstagram等でミニさむの動画を更新してくださっており、ローカル電車の駅ですが他にはない盛り上がりを感じます。一視聴者として、いつもミニさむの動画を楽しみにしており、ありがたく拝見しております。これからも活動を応援しております。
ひたちなか海浜鉄道の拠点駅です。本社の所在地もこの那珂湊駅の様です。車両基地も併設しています。那珂湊おさかな市場の最寄りで、ひたちなか海浜鉄道から大洗方面に行くにはここが最寄りになると思います。駅舎自体も木造で趣があると言った感じです。ちなみに大洗方面へはここから歩いていくことは出来るにはできますが、それなりに距離を歩くことがあるので覚悟は必要です。
昔ながらの駅舎に様々な工夫がなされ、多くの旅客を楽しませる駅。ひたちなか市の各地にアクセスが便利、バスやレンタサイクルなども完備。鉄道グッズの販売や自販機も充実しています。訪問時に駅猫のミニさむがいました。とても人懐こい猫で、お客の膝の上から離れたく無い様子でした。専用の座席も用意されていて駅に往来を見守っています。
那珂湊駅は、茨城県ひたちなか市釈迦町にある、ひたちなか海浜鉄道湊線の中心的な駅です。大正2年(1913年)湊鉄道の駅として開業しました。昭和19年(1944年)交通統合により、茨城交通の駅となりました。平成10年(1998年)「歴史と伝統のある駅で開業当時の面影を残した駅」として「関東の駅百選」選定されました。平成20年(2008年)茨城交通が湊線をひたちなか海浜鉄道に移管し、ひたちなか海浜鉄道の駅となりました。単式・島式2面3線のプラットホームを持つ地上駅です。湊線の運行拠点となっており、駅構内には車両基地(那珂湊機関区)が併設されています。現在の駅舎は大正時代に建てられた木造建築で、「関東の駅百選」にも選ばれています。古い木造の質感、手書きの看板、映画のセットのような待合室など、昭和レトロな雰囲気が色濃く残っており、鉄道ファンのみならず、写真愛好家や観光客にも人気のスポットです。那珂湊駅を語る上で欠かせないのが、かつての駅猫「おさむ」と「ミニさむ」の存在です。現在は代替わりしていますが、駅猫がのんびりと過ごす姿は多くの人を癒やしてきました。また、その情緒ある佇まいから、数多くの映画やドラマのロケ地としても活用されています。代表的な作品としては、映画『フラガール』などが挙げられ、駅のホームや待合室には当時の面影を求めて聖地巡礼に訪れるファンも少なくありません。駅に隣接する車両基地には、日本全国から集まった貴重な車両が保存・運用されています。かつて北海道や東海地方で走っていた旧型ディーゼル車(気動車)が、現役の「キハ11形」などと共に並ぶ光景は圧巻です。特に、国鉄時代の塗装を再現した車両や、地元のアーティストがデザインしたラッピング車両など、湊線ならではの個性豊かな車両を間近で見学できるのがこの駅の大きな特徴です。令和3年(2021年)那珂湊駅のホームにレール製の「壱ノ鳥居」が建立されました。これにより那珂湊駅を拝殿、阿字ケ浦駅を本殿(御神体は旧型車両キハ222)とする、参道が鉄道という『ひたちなか開運鐡道神社』が創建されました。駅のある「那珂湊(なかみなと)」という地名は、かつてあった常陸国の那珂郡(なかぐん)湊町に由来します。昭和14年(1939年)湊町が改称して那珂湊町となりました。昭和29年(1954年)那珂湊町が平磯町を編入のうえ即日市制施行して那珂湊市となりました。平成6年(1994年)那珂湊市・勝田市が合併し、ひたちなか市が発足しました。合併直前の人口は合計146,988人(勝田市114,685人、那珂湊市32,303人)でした。那珂湊(なかみなと)は、江戸時代には日本六十余州「みなと」と付く地名は数あれど、「みなと」といったら「那珂湊」を指すというぐらいの隆盛を誇りました。西の大阪、東の那珂湊とも言われたほどです。その江戸情緒は、司馬遼太郎「菜の花の沖」でも江戸時代きっての繁栄を誇った港町として描かれています。その繁栄の一端は、300年以上の歴史を誇る関東三大祭「八朔祭」の華麗で勇壮、江戸の隆盛が現代に生きています。水戸藩が東北地方の米や物資を江戸へ運ぶ「東廻り航路」の拠点となり、「水戸藩内で最も繁栄している」と言われるほどの賑わいを見せました。2代藩主・徳川光圀(水戸黄門)は元禄11年(1698年)景勝地である湊公園に別邸「夤賓閣(いひんかく)」を建て、客人の接待や海防の拠点としました。幕末になると、9代藩主・徳川斉昭により大砲鋳造のための「那珂湊反射炉」が建設(1857年完成)され、国防の最前線となりました。繁栄を極めた那珂湊は、二度の大きな惨禍を経験しました。元治甲子の乱(1864年)幕末の水戸藩内抗争(天狗党の乱など)の激戦地となり、反射炉を含む町の大半が破壊・焼失しました。昭和の大火(1947年)戦後間もなく発生した大火で再び市街地の多くを失いましたが、その後力強く再建されました。大正2年(1913年)に湊鉄道(現 ひたちなか海浜鉄道)が開業し、那珂湊駅はその運行拠点となりました。現在は「歴史と食の町」として再生しています。「那珂湊おさかな市場」は、漁港としての歴史を継承し、関東屈指の集客を誇る観光市場として賑わっています。破壊された「反射炉」は昭和12年(1937年)に一部当時の煉瓦を用いて復元され、現在は茨城県指定史跡としてその歴史を伝えています。那珂湊駅のレトロな木造駅舎や、江戸期の区画が残る路地裏の散策は、往時の栄華を偲ぶことができる貴重な歴史観光資源となっています。「鉄道むすめ」は、株式会社トミーテックが展開する、実在する鉄道事業者の制服を着たキャラクターコンテンツです。平成17年(2005年)フィギュアシリーズとして誕生し、名前の多くは所属路線の駅名や列車名に由来しています。例えば、東武鉄道の「栗橋みなみ」や、三陸鉄道の「久慈ありす」などが有名です。単なるキャラクター展開に留まらず、実際の鉄道会社と連携したスタンプラリーやラッピング列車の運行、地域活性化イベントなど、鉄道ファンと地域を結ぶ架け橋として親しまれています。現在では全国各地の鉄道会社が参加し、ご当地キャラクターとしての側面も強めています。ひたちなか海浜鉄道のキャラクターは、令和3年(2021年)にデビューした「殿山ゆいか」で、ひたちなか市の干し芋農家出身でそのためか干し芋が大好きで、利き酒ならぬ「利き干し芋」が得意。干し芋を使ったスイーツ作りも趣味のひとつです。
ひたちなか市の旧那珂湊市域の中心駅で、ホームが2面3線の列車交換可能な有人駅です。勝田方面の上りホーム側に駅舎があり、阿字ヶ浦方面の下りホームとの往来は阿字ヶ浦寄りの構内踏切を使用します。構内には湊線の車両基地である湊機関区があり、駅前ロータリーには茨城交通の路線バスとひたちなか市コミュニティバス「スマイルあおぞらバス」が発着しています。またテレビの旅番組や情報番組等でよく登場する那珂湊おさかな市場への最寄り駅です。1970年代後半から1980年にかけての中学生から高校生の頃、阿字ヶ浦まで海水浴に来ていた時はえんじ色に白線が入った旧羽幌炭礦鉄道色の車両の全盛期で、当駅での増結作業で当時まだ使用されていたハフ46へ凄い勢いで連結していた光景が今でも思い出されます。またその後使用を開始したばかりの旧国鉄から来た朱色のキハ11にも乗車しました。
| 名前 |
那珂湊駅 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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ひたちなか海浜鉄道の中心的な駅。車庫やおおくの側線があり、駅舎や待合室もしっかりと充実している。待合室から改札に出るところの趣が深く、1980年代の国鉄線のような風情がのんともいとおしい。