大正時代の美、旧松代駅。
旧松代駅の特徴
大正11年に建てられた歴史ある木造駅舎です。
廃止後も残る旧松代駅の洋風レトロな外観が魅力的です。
桜の季節に訪れると駅舎の美しさを堪能できます。
旧松代駅(旧長野電鉄屋代線)は、大正11年(1922年)に建てられた歴史ある木造駅舎で、洋風のレトロな外観が特徴です。2012年の廃線後も当時の姿を留め、松代の観光拠点としてバス待合所等に利用されてきましたが、老朽化と耐震性の問題から、2025年度中の解体が決定しています。主な特徴と概要歴史ある木造駅舎: 100年以上前の大正11年に建設された、地域を支えた風情ある建物。レトロな外観: 待合室の木製窓枠など、当時の面影を残す特徴的なデザイン。2面3線の駅構内: かつては有人駅として栄え、島式ホーム1面2線と単式ホーム1面1線を有していた。松代の交通拠点: 廃線後、バス・タクシーの待合所や観光情報の拠点として活用されていた。解体の方針: 老朽化と耐震性の問題により、2025年度中に解体され、跡地は道路整備が予定されている。なお、駅舎の保存を求めていた住民の声もありましたが、最終的には安全性と周辺整備を優先し、撤去される方向となっています。
素晴らしいの一言。柱の1本一本、積み上げられた石やコンクリートに味わいがあります。駅舎の裏が広い駐車場になっているので、車で行く方も安心。また周辺の建物、街並みにも味があり、上手に寄り添い盛り上げている。このような景観を少しでも永く残していただきたいです。
長野電鉄旧屋代線の旧松代駅駅舎今は廃止になり駅舎が残っています。駅舎の中にはパネル写真等が展示してありました。解体の話もありましたが、地元有志の方々のご尽力もあり長野市との話し合いの末、移築保存されるそうです。
桜の季節ですね〜。汽車ポッポの歌碑の横にある桜は満開。駅舎の保存も決まり一安心。大勢の人々を見てきた歴史ある駅舎。これからも皆さんと一緒に歴史の足跡を残してほしいですね〜。
2025/10線路はないけど、駅舎とホームはしっかり残ってます。今はバス停として使われています。屋根付きの自転車置き場があったので、バイクも停められました。
| 名前 |
旧松代駅 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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「大正時代に建造された駅舎、廃線後も保存されているが今後どうなるかわからない。」大正11年の1922年6月10日に河東鉄道(屋代駅 - 須坂駅)の路線駅として完成した木造の駅舎でこの地で盛んだった養蚕業において生糸の積み出し駅として地元に重宝されました、1926年に河東鉄道が長野電気鉄道と合併し「長野電鉄河東線(2002年に屋代線と改名)」の駅となる、1941年に太平洋戦争が始まると「不要不急線」として休止されるも1944年には「松代大本営」の建設に伴い資材や人員の輸送の拠点として機能し駅施設も一部が拡張されました。戦後はまた営業を再開し地元の産業の輸送拠点として機能していましたがトラック輸送の復旧により1973年には駅構内において貨物営業が廃止され旅客輸送もモータリゼーションの発展に伴い人々の移動も自動車へ移行し利用者はどんどん減っていき2012年4月1日に屋代線廃止に伴い駅は廃止されました、駅舎は長野市に譲渡されバス拠点・観光案内所として利用され廃止の翌年に駅のホームは解体されました、2025年に駅舎の老朽化により解体されるとの報道がありましたが翌年の2026年には保存・移築を予定しているとしていますが今後どうなるかはわかりません、駅舎内は開業時である大正時代から大きな改築はされていないようで良い雰囲気が味わえます、駅のホームの大部分は撤去されてしまいましたが駅舎に面したところはまだ残っていますが撮影の際に転んで落ちないよう気を付けて!駅舎の前には童謡の「汽車ポッポ」の記念碑があり、これはこの歌の作曲家である長野県出身の草川信(くさかわ しん 1893~1948)氏にちなんで1990年12月に「童謡と唱歌を愛する会」によって設置されたそうです。