線形変更前の新発見。
髙瀧村道路元標の特徴
髙瀧村道路元標は線形変更前の歴史を物語ります。
道路脇に位置し、アクセスも便利です。
地元の歴史を感じる貴重なスポットです。
線形変更前の道路脇にあります。道路元標は大正期に建てられた市町村の場所を決める道路用の基準点で、全国に2,000基程か確認されています。役場前や寺社門前など、その村の中心点に置かれています。道路用の基準点に相応しく、村内の主要道路が交わる辻に置かれる場合もあります。この道路元標は辻タイプなので水没を免れています。ここから東にあった村役場跡は高滝湖に水没しており、西に伸びる道も北上するあたりで線形が変えられておりかつての道と周囲の家は水没しています。高滝村は1954年(昭和29年)に合併で廃止、ダム工事が1974年(昭和49年)開始なので、村の廃止が先でした。村が廃止されてもダムが出来ても当時の自治体名を今に伝える史跡です。
| 名前 |
髙瀧村道路元標 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
2.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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市原郡高滝村道路元標(いちはらぐん たかたきむら)かなり傾斜しているが辛うじて現存している。説明板は無い。明治22(1889)年4月の町村制施行により、高滝、久保、駒込、養老、不入、本郷、大和田、外部田、山口の9箇村が合併して高滝村が発足。昭和29(1954)年1月に里見、白鳥、富山の各村と合併して加茂村が成立し、高滝村は消滅。昭和42(1967)年10月に市原市に編入されて加茂村は消滅。