周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
石碑によるとこの関谷龍吉という人物は社会教育者のようです。石碑の裏面にはこの人の略歴が記されています。漢文なので分かりづらいところもありますが、それによるとこの人は大垣の出身で昭和3年に東京麻布に日本青年協会を創設し塾生と寝食を共にしていたそうです。更に東京芝に日本女子社会教育会を、また茗荷谷の自宅にも濃飛学寮を開設し、郷土の子弟を薫育したそうです。弟子は五千人ほどにも及ぶようです。そして昭和51年に91歳の天寿を全うして亡くなったそうです。石碑の表面には「まん中を歩け」「土台石にならう」と記されていますが、この人のモットーなのでしょう。私はこの関谷龍吉という人物のことは今まで知りませんでしたが、とてもすごい教育者だったようですね。大垣は本当に多士済済ですね。