島田宿守る桜堤とクスの木。
島田大堤の特徴
桜堤が彩る美しい景観が魅力です。
大きなクスの木が歓迎する入口があります。
昔の堤防の痕跡を感じられる歴史的な場所です。
東海道の歩き旅の途中に、立ち寄りました。説明文もありわかりやすいです。
江戸時代、大井川の氾濫から島田の街を守ってきた堤。現在は途切れ途切れになっている。
中学生のころ、この堤防を走っていました🏃♂️ 懐かしいです(*^-^*)
ここから県道381号線の方まで桜並木が綺麗です。
島田大堤(しまだおおつつみ)所在地 島田市河原訪問日 2024/3/3「説明書きより」天正の瀬替え以降、島田宿の大井川沿いに築かれていた川除堤(かわよけつつみ)が、慶長の大洪水(1604~1605年)で決壊し、建設まもない島田宿の全てが押し流されました。その後、大堤完成までの確かな記録は不明ですが、島田代官「長谷川藤兵衛長勝」の頃、向谷水門を掘抜き、宿内に三本の灌漑用水を完成させて、復興が本格化しています。恐らくこの頃、正保元年(1644年)までには完全な大堤が完成していたことと思われます。これらの治水•灌漑工事により、島田宿の米の生産高は、以前の20倍にも増えています。大堤の規模は、高さ•二間(約3.6m)で向谷水門下から道悦島村境までの長さ•三一五〇間(5.733m)と記録されています。今は切れ切れとなって忘れられていますが、長い間島田宿及び下流の村々の生活を守ってきた大変重要な大堤だったのです。
静岡県島田市の旧東海道の面影を色濃く残す「大井川川越遺跡」にある、大井川の氾濫から島田宿などを守る目的で整備された治水目的の堤。1604年の「慶長の大洪水」にて、これまでの川除堤が決壊したのを受け、1644年頃までに整備されたとされています。幅約3.6mの堤が、向谷水門から道悦島の村境まで、長さ5.733kmに渡って築かれていた。現在でも途切れ途切れになっています。
とても素晴らしい場所でした。
桜堤が綺麗です。
桜提入り口には大きなクスの木があります。桜提は春に訪れて見たい物です。そこそこ大きな桜の木がたくさんあります。
| 名前 |
島田大堤 |
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| ジャンル |
/ |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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旧東海道を西に向かって歩いています。島田宿の遺構は川岸まで続くのですが、両脇に育つ並木とその木陰に惹かれて、この堤の上を歩いて大井川鉄橋に向かいました。