徳川家康の戦略と絶景。
小笠山砦跡の特徴
徳川家康が砦を築いた歴史ある場所である、斜面からの絶景が楽しめる。
小笠山砦跡には土塁や曲輪が残り、戦略的な地形を実感できる。
高天神城や掛川城を望む山頂は、訪れる価値のあるスポットである。
掛川市の 小笠山砦跡・永禄11年(1568)に徳川家康が今川方の高天神城と掛川城を分断するために標高260mの小笠山山頂付近をを陣城としました。結果、徳川家康は、今川氏真と朝比奈泰朝のこもる掛川城を攻め、開城させました。天正7年(1579)年、今度は武田方となった高天神城の攻略のため、家康は再び小笠山砦を使用します。その時の改修で防御性は上がり、現在見る小笠山砦の姿になったもよう。高天神城包囲の六砦の中では最大規模。遺構を示す表示はあまりないので、ハッキリしませんが、個人的には城跡南西部の竪堀・堀切・切岸などが複雑に絡み合った防御機構がすごく魅力的でした。城を北西に進むと法多山まで縦走できるみたいですが、よほどの健脚向きだと思います。帰りに猪🐗に遭遇したので、これからの季節、行かれる方は注意してください。
徳川家康が御殿を建てたり、砦として使用した場所ということです。周りは、険しい崖ばかりなので、流石は、徳川家康と思いました。雰囲気のある場所です。
小笠山砦(おがさやまとりで)所在地 掛川市入山瀬築城期 永禄11年築城者 徳川家康形態 山城(標高265m・比高180m)遺構 土塁・曲輪・横堀・堀切訪問日 2022/7/23「静岡県の歩ける城亅を買ったので、参考にしながら見学に行きました。ここは、徳川家康が掛川城・高天神城の2城を攻略するために築城した陣城です。標高260mの小笠山山頂に立てば、眼下南方約4kmに高天神城を望め、北方には掛川城をふくむ平野部を一望できる。永禄11年(1568)家康は、今川方の高天神城と掛川城の分断のために小笠山を陣城とし、今川氏真と朝比奈泰朝が籠もる掛川城を攻め、開城させた。天正7年(1579)には、武田方の高天神城を攻略するために、再び小笠山に布陣した。小笠山砦は、北の押さえとして高天神城包囲の六砦の一つに数えられ、六砦の中で最大を誇った。城域は、東西500mにも及び付城とはいえ、その規模は広大である。遺構は全体的に良好な保存状態で徳川築城術の一端を垣間見る事ができる。
小笠神社の奥 多聞神社の手前にありました所々に人工的な切通や盛土があり お城でもあったのかと思いましたが 家康公が 高天神城を攻める際こちらに砦を築いたとの事です見晴らしは最高だったと思いますがここまで登って来られたのであればご苦労な事だと思いました(^_^;)
小笠神社の駐車場から、神社を通って行く。ハイコングコースになっているので、城の全体像はわかりにくいが、堀跡などはよくわかる。
ここで徳川家康が戦略を考えていたのかなあ。と思うと歴史の一場面に遭遇したような気がして面白いですが、意外と狭いちょっと平らになったところ、という感じもして、軍勢をどう納めていたのか?気になるところです。
砦跡からは掛川城、高天神城方面が丸見えとなり、有利な地形である事が分かります。人工的に開削された跡はあちこちに見られますが、当時の物か、後の時代の物かは分かりません。
景色が良かった。
家康が掛川城に籠る今川氏真を攻めた際と高天神城に籠る武田勢を攻めた二度の戦いで利用した陣城。掛川城、高天神城を望む事ができる。土塁や横堀、堀切、郭といった遺構が明瞭に残る。
| 名前 |
小笠山砦跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
駐車場は無いが、林道を使って山頂近くまで車で行ける。林道脇に駐車し、スニーカー以上で無いと登れない急峻な山道を二十分ほど歩くと山頂に着く。途中断崖絶壁などの場所があるので、充分注意が必要。