歴史を感じる鳥羽山公園で、徳川家康の足跡を辿ろう!
鳥羽山城跡の特徴
鳥羽山城跡は徳川家康が二俣城を攻略するために築かれた城です。
ここには、今川家、武田家、徳川家が所有した歴史があります。
鳥羽山公園として整備されており桜の名所になっています。
武田方が支配していた二俣城を攻略するために徳川家康が築いた城らしいです。二俣城本丸から移動してきたので、天竜川沿いから登城しました。途中で遊歩道の看板に遭遇したので、近道と確信し遊歩道へ。勾配はキツいものの、本丸へはやっぱり近道だったかな。本丸は想像以上に石垣が存在していました。中には枯山水の庭園後も。また、展望台からの眺望も良かったです。
二俣城跡から鳥羽山城跡に向かったので、北東側から徒歩で登りました。もちろん山なので、坂が続き、本丸に向かうには半周程度しないと行けないため、少し大変でした。(自分が地図を読み違えていたらすみません)徳川家康が二俣城跡を攻略するために建てた砦跡のようなので、いわゆる天守閣はありませんでしたが、枯山水庭園跡があり、当時の空気感を感じることができました。車で訪れる際には、南東側から行けば、車を本丸近くまである駐車場に停めれるので、そちらに向かうと良いと思います。
二俣城 登城の後に訪問しました。城の途中に無料駐車場あります。駐車場からから少し登山道を登った先に城跡があります。本丸跡は公園として整備されており、展望台からの眺めは素晴らしいです。土塁や石垣が残っているものの、城の痕跡は微妙ですが、二俣城とセットで訪問されると良いと思います。
☆徳川家康の築城、1575年(天正3年)「長篠・設楽原の戦い」で織田・徳川連合軍が武田軍に激勝した年、武田の城「二俣城」攻略の際に徳川家康の本陣(陣城・付城)が置かれた『鳥羽山城』⚔️二俣城の南500m丘陵上の近距離に築城、中心の本丸は周りを土塁で囲む「単郭方形」のような曲輪、北側の二俣城を意識し北の郭と西の郭を設け厳重に本丸を防備、大手門の両側に小さな東の郭、城郭南側の現在の駐車場周辺が武者溜り的な南の郭(腰曲輪)と陣城(付城)にしては大規模な縄張、ちょっと驚きました👀‼️一番驚くのは「石垣」、大手から大手門周辺、東門周辺から東側面の腰巻石垣、二俣城を望む北側の搦手門周辺も立派な石垣群、更に東門の横には暗渠もあり天正3年(1575年)当時としては無いような造り、本丸西側には立石が置かれ枯山水式庭園の存在も発見復原されてました🤔ヤッパリ「堀尾吉晴」が浜松城入封し、二俣城周辺を領有した1590年(天正18年)後に近世城郭に改修、大規模な石垣の構築、立派な大手道、庭園の整備など何か普通の付城(陣城)じゃないと実感、二俣城と「一城別郭」なのに二俣城よりも石垣や枯山水式庭園が良く残り、幅の太い大手道も備えた「迎賓館」的な縄張・作事、中々面白い他にはない特徴⁉️
このあたりは、激戦区だったようで、その時代時代で、所有が今川家、武田家、徳川家と所有が変わっていった城だそうです。今は、公園として、子供用の遊具があったり、市民の憩いの場所になっているようです。
土塁に囲まれて、土塁の上を歩ける。子供用の遊具が設置されている。土塁からすべり台は子供が喜びそう。展望台からは河川、街を見下ろせる。二俣城攻め時に徳川家康が本陣を置いた。堀尾氏になって、石垣、大手道が幅6mで直線的、枯山水庭園なども造られ、領主の迎賓機能を持つ居館、別城一郭になったようか。戦国時代は二俣城との間に川が流れていた。二俣城から鳥羽山公園への遊歩道の看板もあった。
はじめは二俣城攻略の足掛かりとして徳川家康が築き、武田勝頼から二俣城を奪った後は、二俣城の支城のようなあつかいとなりました。堀尾吉晴の時代に二俣城ともども、石垣を備えた近世城郭として再整備されました。曲輪がひとつだけのシンプルな構造ながら大手口がやたらと立派なことから、迎賓館のように運用されていたのではないかと推測されています。最寄の二俣本町からは西に進んで一〇分ほどです。二俣城とは天竜川沿いにある堤防の上の道でつながっています。史跡としての整備状況はいまひとつながら、二俣城とセットであれば十分に楽しめます。その際は鳥羽山城を先に見て、より見ごたえのある二俣城を後回しにするのをお勧めします。
◼︎鳥羽山城は二俣城を攻撃するために徳川家康が築いた城(という説)です。◼︎二俣城より大きな城郭で、曲輪、枡形門跡、石垣、庭園、井戸などが残っています。◼︎駐車場は鳥羽山公園駐車場が綺麗に整備されていて、そこからは徒歩5〜10分です。私は運動目的で二俣城から往復歩きましたが、車で移動しても良かったかも。◼︎枯山水の庭園や屋敷があったことや、大手道の広さからも、それなりの身分の人が住まいとして利用していたことが窺えます。◼︎木が生い茂っていて展望台からの見晴らしは良くありませんでした。
鳥羽山城趾は現在は鳥羽山公園として整備されています。メインの本丸跡まで駐車場からすぐに行くことができて便利です。城趾としては改変により城趾らしさは正直薄いです。かろうじて本丸跡が当時の面影を残しており、大手門跡、庭園跡、土塁などの遺構があります。展望台が設置されていましたが、木が茂っていて眺望はほぼありませんでした。鳥羽山城は天竜川に面する天然の要害で二俣城攻めに際し徳川家康が付城として築いたものですが、二俣城攻略後の資料は残されていないそうです。
| 名前 |
鳥羽山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/bunkazai/news/documents/hutamatatobayama.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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1575年、徳川家康が二俣城を攻める際の本陣として築かれた城です大手道・大手門・東門・枯山水庭園跡などかなり見応えありました二俣城跡から歩こうと思いましたが結構距離があったので車で移動現在はどちらも国指定史跡に指定されています。