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本により 見坂山城跡 の情報を集めてみる❶【参考 哲西史 1963年】見坂山城 上神代村[記録されている本]〇[古戦場 備中府志 巻の2]当城(は)開基「細川頼之(よりゆき)」(の)一族 「羽場_左馬佐_頼房(よりふさ)」城代として17代、相続す。細川家由緒当郷_神応寺古記に委(い)し。〇[備中古城記写本]城主 細川備中守 開基す、其後 猶崎(ゆうざき)右京太夫居城也[まとめ]1_羽場_左馬佐_頼房(よりふさ) 足利氏・羽場頼房は「関東管領」細川頼之の1族。細川頼之は天授年間(1375年~1380年)備中守護職を兼務する。羽場頼房より17代相続する。2_猶崎(ゆうざき)市之亟(いちのじょう) 尼子氏永正年中(1504年~1520年)猶崎市之亟 備後国_西条槌山城にて 毛利・尼子合戦にて討ち死にする3_猶崎(ゆうざき)右京太夫景重(かげしげ) 三村氏永禄11年(1568年)猶崎景重 宇喜田直家(なおいえ)が備中高松城の三村氏に攻め込んだ時に、三村氏を助けて軍功あり、とある。