大形の多摩川自然石と円墳の歴史。
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
古老宅前の円墳群跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
形状 円墳古老宅の前には、かつて10数基の円墳があり、「大形の多摩川自然石と共に二尺程度の長さの直刀」が発見されたという。しかし、古老宅があるという柴崎町五丁目 132 番地は多摩川低地にある。地元伝の本では、「長塚」(富士見町六丁目)という多摩川低地にある地名の解説の中で、「段丘下の耕作の中には、大小の塚がいくつもあった。多摩川が氾濫して、石ころだらけになった田畑を復旧したとき、それらの石ころなどを集めて、塚を造っていたのだという」と述べている。このような塚を円墳と誤認した可能性はあるが、その場合、直刀の出自が不明である。調査員は、10数基の円墳はNo. 13遺跡・No. 16遺跡と「同一の範疇に入る場所」とも述べているため 、古老宅前の円墳群は柴崎町四丁目にあったと考えるのが妥当であろう。その場合、円墳群はNo.13遺跡の東側にある。また、かつてNo.13遺跡が調査された際、遺跡のすぐ南側に、明治末年頃まで2基の古墳があったという聞き取りが得られた。