格式高い曹洞宗、万世山一雲斉。
一雲斎の特徴
磐田市豊岡に位置する曹洞宗のお寺です。
開祖川僧禅師が修行した歴史ある場所です。
時間があれば美しい紅葉を楽しめます。
磐田市豊岡にある曹洞宗のお寺さんです。まわりを丘に囲まれ広々とした駐車場もあります。
時間があったので、寄ってみました。蓮子の花がキレイに咲いていました。境内も手入れが行き届いて、近くには川が流れ鳥の囀りも聞こえるのどかな場所でした。
時間があったので紅葉を見にきました。静寂で厳かな気分になれる場所です。
遠江四十九薬師霊場の参拝でお伺いしました。曹洞宗のお寺で万世山一雲斎といい、薬師霊場第三十一番札所になります。一雲斎の御本尊は釈迦牟尼仏です。寺伝によると一雲斎は今から五百五十年前に、開祖の川僧慧斎が森町大洞院に修行したのち、福井の大本山永平寺の蔵司職にあるさ中に後の小松天皇の重病を治して一躍時の人となりました。その後に全国信者の喜捨(きしゃ:寄付)で現在地に建てたこの寺は、三層の本堂で、間口十一間の山門を誇り、修行僧は七百人を超えたと伝えられる。慧斎禅師の門弟四傑の一人である大年祥椿は、袋井市の名刹である可睡斎を建立した開祖である。元亀三年(1572年)の兵火で堂宇を焼失した際に、徳川幕府将軍の徳川家康の下命で一雲斎は可睡斎の末寺となってしまった、これを『本末転倒』とする代々の住職の訴えは明治期まで続けられた。一雲斎は過去に五度も火災に遭い現在の本堂・開山堂・位牌堂は昭和三十年(1955年)に再建されました。本堂左側にある薬師堂に亀井戸の福生寺に祀られていた薬師如来が安置されています、この像は末寺であつた亀井戸の福生寺と上野部の薬王寺が廃寺となった時に一雲斎に合併され移されたものです。一雲斎本堂の左側には新しく作られた木造の薬師三尊像と眷属の十二神将像が祀られている。
万世山 一雲斉は二俣町から森町に通じる県道から一雲斉川に沿って2kmほど北に入った静かな山里に佇む、長い寺歴と格式の高さを感じさせる曹洞宗寺院です。釈迦牟尼仏を御本尊として祀り、遠江四十九薬師霊場の第三十一番札所でもあります。森町の大洞院で修行し、傑僧として高名であった川僧慧済(せんそうえさい)禅師により室町時代に開創された古寺で、可睡斎、智恩斉とともに「遠州三斉」と呼ばれています。本堂等の伽藍は戦後再建されたものです。後小松天皇の重病を治したことで全国に知られた名僧、川僧慧済禅師が禅の概論書である「人天眼目」を講義したときには、片田舎にある一雲斉に全国から七百名もの僧が集まったそうです。その川僧慧済禅師の門弟が開創したのが、後に袋井市の可睡斎となった東陽軒であるという説があります。その一方、東陽軒は大洞院を開いた如仲天誾(じょちゅうてんぎん)禅師により開創されたとの説もありますが、何が真実か私には分かりません。
拓けた場所にあるお寺。庭園が管理されて綺麗。
開祖川僧禅師が、森町大洞院に修行したのち、建創。三層の本堂、間口11間の山門を誇り、修行僧は700人を超えたという。門弟4傑の一人である太年祥椿は、袋井市の名刹可睡斎の開祖。元亀3年(1572年)の兵火で堂宇を焼失後、家康の下命で一雲斎は可睡斎の末寺となった。遠江四十九薬師霊場31番。
| 名前 |
一雲斎 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0539-62-2101 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
高曾祖父がここで修行していたそうです(明治維新で還俗しましたが)