小針城跡で歴史の息吹を体感!
阿部城跡碑の特徴
小針城跡は阿部忠正が築いた歴史的な史跡です。
土塁や堀跡が残り、歴史を感じさせる遺構です。
室町時代中期の貴重な文化財として訪れる価値があります。
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通りがかりで見つけました。おそらくは何かの記念で建てられたメモリアルな記念碑で、何かのアニバーサリーな記念だと思います。
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| 名前 |
阿部城跡碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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小針城跡別名:阿部城遺構:土塁、堀跡(用水路)歴史:室町時代中期に阿部忠正が築いたのが始まり。忠正は文明年間に安翔城主である松平親忠に仕えたといい、広忠の譜代衆として忠正の息子・阿部正宣の名前も見る事ができます。正宣の嫡子である阿部正勝は松平竹千代が人質だった頃から仕えた一人であり、阿部家は江戸時代に江戸幕府の老中に度々選ばれています。1590年、徳川家康が関東移封の際に、正勝もこれに従い鳩ヶ谷5000石を得て関東へ移っている事から、この時期に小針城は廃城になったとされます。遺構など:小針集落の南東の角には土塁が残り、「安倍城址」の城跡碑が立っています。城址碑の東を流れる用水路はかつての堀であったとも言われています。集落の北端に神明社があり、明治時代までは社の北側200mに渡って堀があったと伝わります。