新宿の古刹で歴史を感じて。
護本山 天龍寺の特徴
新宿に位置する古刹で、静寂な雰囲気が漂う場所です。
聖観世音菩薩像があり、特別なご利益が感じられる寺院です。
江戸城の裏鬼門鎮護の寺としての歴史がある貴重な存在です。
新宿区新宿。1591年創建。本尊は千手千眼観世音菩薩。このお寺の前身は遠江国の法泉寺で、このお寺は徳川家康の側室・西郷局の父・戸塚忠春の菩提寺でした。西郷局は2代将軍秀忠の母です。家康の江戸入府後、このお寺は江戸牛込に移転し、天龍寺と改められました。寺名は宝泉寺の近くを流れていた天竜川に由来します。寛永寺が江戸城の鬼門鎮護の役割を、この天龍寺は裏鬼門鎮護の役割を担った格式高いお寺でした。天和の大火で焼失後、1683年に現在の場所に移転しました。このお寺にある鐘は新宿区指定有形文化財で、1700年に徳川綱吉の側用人である下総関宿藩主・牧野成貞が寄進したもので、寛永寺・市谷亀岡八幡宮の鐘と共に、江戸三名鐘の一つとされています。境内に残るものは3代目で1767年の鋳造です。また、牧野成貞は鐘をつく時刻を知るためのやぐら時計も同時に寄進しており、これも新宿区指定有形文化財です(ただし非公開)。
新宿 天龍寺の門彫り物がすごくきれいでつい立ち止まっちゃいました新宿なのに静かで都会のビルの中ちょっと別世界みたいでした。
出入口は西側、新宿三丁目駅E5番出入口のすぐ横。立派な山門があるが開門していないので車両出入口から入ることになる。元の出入口は東側にあった。そこは現在の新宿四丁目でありかつては旭町と呼ばれ貧民街・木賃宿街であった。境内で見るべきものは梵鐘のみ。遊里で遊ぶ人々に帰宅時間を知らせたことから追い出しの鐘と呼ばれる。渋谷川の水源である池は現存していない。
天龍寺は曹洞宗のお寺で、山号は護本山。小田原最勝寺五世の春屋宗能和尚を開山、戸塚忠春とその娘の西郷の局を開基として牛込に創建。当地に移転したのは天和3年(1683)のことです。東京三十三観音霊場17番にもなっています。境内では六地蔵尊と出会うことができました。
とても素敵な所です♪お庭の前の所で座っていると我が家(家の前には素敵な庭ないけど)みたいです♪京都に行ったらここに来ます🎵
都立新宿高校の裏手にある古刹です。江戸時代、内藤新宿と言われていたころからあるそうで。それにしても新宿駅のこんな近くに大きなお寺と墓地があるとは驚き。
3丁目E5出口からすぐ。
高層ビル群に囲まれているため、表通りを歩いていても気付きにくい感じですが、天龍寺は江戸時代の天和3年(1683)からこの地にある長い歴史を有する曹洞宗の寺院。江戸三名鐘の一つとされる「時の鐘」があることでも知られます。山門脇を通って進むと、広々とした境内、その奥には安中藩主水野基綱の墓などがあります。江戸期建立の庚申塔や石仏も残されており、天龍寺の歴史が感じられます。
ここには、先祖が眠っています。〔と、書いていたのですが、調べてわかったことがあり、かきたします。先祖13代までは、他の墓に、お骨がありました。なので、ここは、14
| 名前 |
護本山 天龍寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3354-1011 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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2025年11月30日午前参拝新宿駅の南口から出て東の方、明治通り沿いにあるお寺当日は新宿駅から徒歩で行き近くの雷電稲荷神社を参拝しこちらへ江戸時代の新宿追分の古い地図などにもこちらのお寺は記載されておりやすよさて明治通り沿いにある山門はとても立派で中に入ると本堂があり立派や鐘楼もありやしたよその奥には墓地があり屋根付きの手押しポンプの井戸があり押してみると井戸水が出ていただけて良かったさあ。