新宿の古刹、聖観世音菩薩に出会う。
護本山 天龍寺の特徴
新宿に位置する古刹で、静寂な雰囲気が漂う場所です。
聖観世音菩薩像があり、特別なご利益が感じられる寺院です。
江戸城の裏鬼門鎮護の寺としての歴史がある貴重な存在です。
都立新宿高校の裏手にある古刹です。江戸時代、内藤新宿と言われていたころからあるそうで。それにしても新宿駅のこんな近くに大きなお寺と墓地があるとは驚き。
とても素敵な所です♪お庭の前の所で座っていると我が家(家の前には素敵な庭ないけど)みたいです♪京都に行ったらここに来ます🎵
3丁目E5出口からすぐ。
高層ビル群に囲まれているため、表通りを歩いていても気付きにくい感じですが、天龍寺は江戸時代の天和3年(1683)からこの地にある長い歴史を有する曹洞宗の寺院。江戸三名鐘の一つとされる「時の鐘」があることでも知られます。山門脇を通って進むと、広々とした境内、その奥には安中藩主水野基綱の墓などがあります。江戸期建立の庚申塔や石仏も残されており、天龍寺の歴史が感じられます。
ここには、先祖が眠っています。〔と、書いていたのですが、調べてわかったことがあり、かきたします。先祖13代までは、他の墓に、お骨がありました。なので、ここは、14
もと牛込納戸町にあり、江戸城の表鬼門鎮護の上野寛永寺に対し、裏鬼門鎮護の寺とされたお寺です。現在の鐘は、銘文により元禄13年の初鋳、寛保2年(1742)の改鋳につづく三代目のもので明和4年(1767)の鋳造で。総高155cm、口径85.5cmで多摩郡谷保村の関孫兵衛の鋳造。江戸の外れに存在したため、通常より早く鐘を鳴らし、内藤新宿で遊行する人々に「追出しの鐘」と呼ばれたといいます。また、鐘を突く時刻を知るため、牧野成貞により同時期に寄進されたという時計。やぐら型の台に載せられており、上部には鐘、下部には歯車を回すための錘がある。時計の文字盤は明治以降の改修により24時間制のものとなっているそうです。高さ103センチのやぐら型の台にのっているため、やぐら時計と呼ばれるますが、掲示物からの画像で実際には見られません。本体は縦24.5cm、横16.5cm、奥行16.3cmの箱型で、上に高さ11cm、径15.1cmの鐘が付いている。高札より。
新宿にあるお寺です。とても立派な門構えがあります。ここにある鐘はとても有名で、「時の鐘」と呼ばれるものがあります。まさに年末年始のタイミングで鳴る除夜の鐘などのとき音色が聴けるようです。東京のお寺や神社は戦災により焼失してしまうことがよくあったと聞いています。そのようなことがあっても復活をすることはまさに、さまざまな人たちの力によって支えられていることを想像します。除夜の鐘はテレビで見ることがありますが、実際に現地へ行って味わうことも一つの思い出として、誰かと現地へ行くのならば、その思い出の共有が出来て大変いい思い出になっていくと考えれば、現地に伺うことのやんごとなさを感じます。
この寺の檀家です。投稿写真の数枚が京都の天龍寺の物です。こちらは曹洞宗。あちらは臨済宗で宗派も違い当然何らの関係も有りません。当寺の山門に三つ葉葵の紋が有るのは、徳川将軍家の将軍以外の菩提寺なのです。
新宿の天龍寺が、新宿高校の近くであつたとはしらずに、先日やっとお詣り出来ました。京都以来ですね。さつき。
| 名前 |
護本山 天龍寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3354-1011 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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出入口は西側、新宿三丁目駅E5番出入口のすぐ横。立派な山門があるが開門していないので車両出入口から入ることになる。元の出入口は東側にあった。そこは現在の新宿四丁目でありかつては旭町と呼ばれ貧民街・木賃宿街であった。境内で見るべきものは梵鐘のみ。遊里で遊ぶ人々に帰宅時間を知らせたことから追い出しの鐘と呼ばれる。渋谷川の水源である池は現存していない。