大倭物代主神社の懐かしさを再発見!
大倭物代主神社(式内社・旧郷社)の特徴
懐かしい雰囲気の中で、昔の姿を思い出せる場所です。
大倭物代主神社は、様相が変わった信仰の場として人気です。
兵庫県宍粟市に位置する、歴史を感じる聖堂です。
懐かしい神社ですが、昔と様相がかなり変わりました。土俵も夫婦杉も無くなっていました。以前あった台風の影響です。この神社を少し山側に上がった所に大きな溜め池がありましたが、大人になった今では、流石にそこまで行く気にはなれなかったのですが、今でもあるのでしょうか? 子供の頃、大きな亀が甲羅干しをしていた姿が記憶には残っています。神社の土俵では毎年子供相撲が盛んに行われ、出店も来ていて人でいっぱいになる神社でしたが、今ではそれも無くなってしまったのでしょう。ちなみに、神社の名前は『おおやまとことしろぬしじんじゃ』と、詠むそうですが、子供の頃からずっと『もろすじんじゃ』と言っていたのは、あながち間違いではなかったらしい😅
| 名前 |
大倭物代主神社(式内社・旧郷社) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0790-65-0480 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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大倭物代主神社(おおやまとことしろぬしじんじゃ)。兵庫県宍粟市山崎町下牧谷宮ノ谷。式内社(小)、旧郷社。主祭神:大己貴神 事代主神 大物主神 健御名方神奧津比古命 奧津比賣命資料によると、創祀年代は不詳。天正年間、長水落城落城に際し兵火にかかって焼失。天保二年、本殿を造営。中古以降、師衆(もろす)または諸守神社と称し、江戸時代、宍粟郡神社記には衆守神社と記されているが、明治七年郷社に列し、明治十四年、現社号に改称。当社(師衆社)は式内社・大倭物代主神社に比定されている古社。ただ、御旅所であった上伊澤村鎮座の無格社住吉神社が師衆社であり、当社は師衆社と同体とする伝承もあるらしい。また、諸衆明神と物代主明神は別であるとの説もあるようで、諸衆明神が住吉社なら、当社が物代主明神で正しいのだろう。当社社号「大倭物代主」は「おおやまとことしろぬし」と読み、大倭の事代主神が主祭神であるようにも見える。現在は、本来は「おおやまとものしろぬし」と読むべきで、三輪山の大物主と同神と解釈されているようだ。ただし天和二年の棟札では、当社第一の祭神は健御名方神となっており、なんだか複雑だ。健御名方神主祭神に関して『式内社調査報告』では、当社も播磨一宮・伊和神社の御子神の一つと考えたのではないかとある。だったら同じく御子神の事代主神でも良いのではないかと思うが、当時の人々も、事代と物代の違いを意識していたのかもしれない。とあります。