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ここに建立されている石塔は、宝永元(一七〇四)年銘・元文五(一七四〇)年銘の庚申塔で、南方の桃園川辺の路傍から移転されたものです。天沼村の村民が現世での幸運と来世での往生安楽を願って造立したもので、当時の人々の信仰心の一端を伝えています。庚申信仰は、人の中に棲むという三尸(さんし)の虫が眠っている間に抜け出して、天帝にその人の罪科を告げ、早死にさせるというのを防ぐために、庚申の夜は身を慎んで眠らずに過ごすという民間信仰です。江户時代には、各地に講がつくられ、庚申塔の造立も盛んに行われました。この二基の庚申塔は青面金剛·三猿等を浮彫りにした一般的な塔で、講中による造立です。