八千代市村上の歴史、沖塚遺跡体験!
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| 名前 |
沖塚遺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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国内最古級の製鉄遺跡として知られる八千代市村上にある沖塚遺跡。黒沢池近隣公園として、整備され、市民の憩いの場となっております。最近、案内板も設置され、出土品も近くにある八千代市立郷土博物館に常設展示されています。東葉高速鉄道建設に際し、同地区は浅いトンネルの予定のため、U時型に一度、掘り込み、後でコンクリートで蓋をする計画となり、発掘調査が計画。この際、台地の縁ギリギリのところで、床面を掘り下げていく過程で鉄錆が多数見つかり、注意深く、掘り下げて、炉跡が見つかりました。炉跡からはフィゴの羽口、鍛造鉄剥片、砥石になる軽石などのほか、"椀型鉄滓"も出土したとのことにより、炉で精錬作業をしていたことがわかったそうです。つまり、沖塚遺跡は、単なる(鍛錬)鍛治遺構(鉄器をつくる)ではなく、精錬遺構(精錬された荒鉄から不純物を取り除く)であったということになります。さらに、遺跡から出土した土器から、その時代は弥生時代の面影が残る古墳時代初頭(3〜4世紀)のものと判明。一般に、製鉄遺構の出現は西日本で6世紀、東日本で7世紀とされ、その歴史の古さが発掘当時は注目されました。鉄器作りの工程は、製錬、精錬、鍛錬の三つがありますが、製錬は大掛かりで、高い技術が必要となります。この辺りには、原料となる砂鉄や褐鉄鉱を多く含む地層もあるそうですが、製錬をした遺構は見つかってないそうです。近年、製鉄遺構としては、沖塚遺跡と同時代の遺構も多く見つかっており、新川を介し、隣接する川崎山遺跡でも、同時代の製鉄遺構が見つかってます。古墳時代初頭には東路の果てともいえるこの地区が国内で最先端の製鉄技術を有していたということは驚きですね。この先進性の推進力はいったいなんだったのでしょう?