落岩寺馬介の娘が待つ更科姫。
天満宮(更科姫館跡)の特徴
すれ違い不可な農道を通るアクセスが独特です。
更科姫の歴史と武将にまつわる背景が魅力です。
楯無堰の散策途中に立ち寄れる絶好のスポットです。
更科姫は村上義清公の家老・落岩寺馬介という武将の娘とのことです。韮崎駅から徒歩で伺いましたが、およそ20分程かかりました。場所がなかなか分かりづらく、畑や民家を縫って歩くことになります。一応各所に案内板が出ていますが、結構大雑把なのでGoogleマップを頼りにするのが一番良いかと思います。民家か小さな工場かの庭先にある感じです。小さな祠と石碑が建立されており、すぐそばに小さな天満宮があります。石碑には大まかに以下のような記載がありました。・文武両道に優れ日本の女性三傑の1人。・夫は馬場信春公の身代わりとして諏訪原城主を務めた。・ひとり息子は幸盛(山中鹿之助)。・夫が高天神城で討死したため、この地に居を構えて余生を過ごした。山中鹿之介の生誕には諸説あり、確実に更科姫が母であるとは言えなそうです。
行き方は2通りありますがどちらもすれ違い不可な農道です。カンバン通りに進むと民家の敷地内にありました。文武両道で美人だった更科姫は信州一の女性剣士「日本女性三傑」ともうたわれた女性だそう。だいぶはしょりますが諏訪原城→高天神城→色々あって家臣と共に地元韮崎へ帰ってきました。その後、館を建て天満宮を祀り、高天神で亡くなった旦那さんや家臣の冥福を祈ったとされます。ドラマチックな背景があるせいか多少脚色もあったりするようです。
| 名前 |
天満宮(更科姫館跡) |
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| ジャンル |
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| HP |
http://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/6015 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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楯無堰を散策した最中に立ち寄りました。更科姫の話知らなかったのですが、女子で武芸で名を残すのは珍しいですね。槍ではなく剣士との事ですから、戦場には出なかったのでしょうか。山中鹿之介の母という伝説もあるそうで、いや時期おかしくね、とかツッコミつつ、広い空バックに石塔や石碑の存在感が素敵な場所でした。