中山渓谷で歴史の息吹を感じる。
忠魂碑の特徴
日露戦後の歴史を感じる記念碑が、中山渓谷に位置しています。
忠魂碑近くの急な階段を降りると、米軍横田基地に近接しています。
記念碑の周辺には大滝があり、美しい自然を楽しむことができます。
忠魂碑に向かって右にある急な階段を降りていくと、米軍横田基地の軍人軍属の若者が50年?ほど前からRockと名づけ夏には口コミで遊びに来る隠れた名所になっています。駐車場がないのでどこかにとめて徒歩か自転車で訪れてください。
【参考 戦後記念碑 桧原・ふるさとの覚書 1980年】中山渓谷の大滝の上に 日露戦後の記念碑がある。この場所は檜原村1番地という場所である。出兵兵士たちは村を出ていくとき、親戚故旧とわかれてここからは一人になる。一人になると村を見かえり、身辺を見返る。思い出にならなければならぬ場所である。きっと満州の広野にして何度も夢に描き出された場所であったろう。凱旋の時にはまたここで迎えられた。忘れることのできない感激の場所であったろう。でていったきり、帰ることのなかった戦病死の兵士もあった。近親には、最も強い思い出の場所に違いない。こういう場所に記念碑が建つということは、賢明な企画であったと感心する。建てる時にはへんぴすぎるという反対意見もあったが、今になってみると、大きにそうでない。・・・云々 省略。碑が大きく割れている。これは大東亜戦終戦の時、もしアメリカ兵がこんなものというわけで、打ち砕きでもしたら大変だと、土中に埋めておくつもりで倒した際、誤って割ったものである。此の割れ目がまた別な意味の記念になる。[西南役戦死者] 大野留吉 小林勝五郎 大野八五郎[日清戦役病死者] 小泉団八郎[日露戦役戦死者] 島田六次 高橋熊蔵 小泉仁右衛門 峰岸東吉 土屋馬五郎 山本善八 高取伊助。
| 名前 |
忠魂碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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わあ。こんなに良いものがここにあるなんて知りませんでした。