御嶽坂の静寂、白鳥稲荷へ。
白鳥稲荷大明神の特徴
東京メトロ副都心線雑司が谷駅から徒歩5分の立地です。
清立院の門前に位置する静かな稲荷です。
背後の土地の履歴が非常に興味深い社です。
東京メトロ副都心線「雑司が谷」駅から徒歩5分程度。東京さくらトラム(都電荒川線)「都電雑司ヶ谷」から徒歩3分程度。現地には説明看板の類が全く無いためネットから情報を得たところによれば、【以下引用】元は雑司が谷にあった御鷹方御組屋敷(鷹狩のための鷹の飼育調練施設。通称「お鷹部屋」)に祀られていた小祠が、この地に遷座したものだそうです。ちなみに「御嶽山清龍院」は、現在は雑司が谷七福神のひとつとして、「毘沙門天」を祀っています。【引用ここまで】
| 名前 |
白鳥稲荷大明神 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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⛩️🦊 白鳥稲荷大明神は、南池袋四丁目の清立院の門前、御嶽坂の途中にひっそり残る小さな稲荷で、見た目の静けさに比べて背後の土地の履歴がかなり興味深い社です。雑司が谷の地域案内では、江戸時代には現在の雑司ヶ谷霊園内にあった「御鷹部屋」の敷地内に祀られていたとされ、1931年に現在地へ移されたと説明されています。御鷹部屋というのは、江戸幕府が鷹匠や鷹の管理に関わる役人を置いた施設で、その役人たちがこの稲荷を信仰し、鳥居や手水鉢を奉納したと伝えられています。白鳥稲荷大明神という社名だけでは見えにくいのですが、幕府の御鷹部屋、雑司ヶ谷霊園、清立院、御嶽坂という固有名を重ねると、この小社が江戸の役所的な空間と深く結びついていたことが見えてきます。この稲荷でとくに印象深いのは、古い石の鳥居が今も残っていることです。現地記録では、この鳥居は文化6年、1809年の奉納と紹介されており、御鷹部屋内にあった頃の姿を今へ伝えるものと受け止められています。つまり白鳥稲荷大明神は、ただ「古そうな小祠」が残っているのではなく、江戸後期の奉納物をともなったまま、明治以後の都市改造や墓地整備を経て移された社だということになります。こういう来歴を知ってから見ると、南池袋の住宅地の中にある小さな鳥居の見え方がかなり変わります。また、現在の場所が清立院の参道と向かい合うような位置にあることも面白いところです。地域案内や現地記録では、白鳥稲荷大明神は清立院へ上がる階段の途中、あるいは門前の向かい側にある社として紹介されていて、神仏分離以後に寺の外へ出た境内社のように見える、という観察もあります。ただし、この点は現地からの読み取りの域を出ないので、確実に言えるのは、今の白鳥稲荷大明神が清立院の門前景観の一部として強く印象づけられる場所にある、というところまでです。現地で受ける印象としては、派手な由緒書が立つ神社ではないぶん、かえって土地の古さが素直に残っています。南池袋という地名から受ける都市的な印象とは別に、御鷹部屋、鷹匠、文化6年の鳥居、清立院の石段といった要素が一つに重なっていて、雑司が谷の周縁らしい歴史の密度を感じました。小さな社ですが、清立院や雑司ヶ谷霊園とあわせて歩くと、この一角が江戸から近代へどう変わってきたかを静かに伝えてくれる場所だと思います。