高沢城主ゆかりの念信房。
照願寺の特徴
石柱を目印に辿る、お寺への上がる道があります。
念信房には高沢伊加守氏信の伝説が息づいています。
田舎に佇む古い寺で、聖人の木像が見られます。
親鸞聖人の関東時代における高弟のうちの一人、念信房の「照願寺」を訪問いたしました。訪問するために調べてみると電車の最寄り駅が非常に遠く、栃木県烏山駅からの県境超え路線バスでしか行く方法が公共交通機関ではないことがわかり、そのバスを利用してお寺まで行ってみる。親鸞さまが好きだった亡き母のために“二十四輩詣で“を始めたのですが、お寺を一軒一軒巡るだけでも結構大変です。しかし、江戸時代の巡拝記である「二十四輩順拝図会」を読んでみると、江戸時代にもこうした真宗関連の寺院を巡る“二十四輩詣で“が門徒さんの間で流行したそうです。当時は電車も車もない中歩いて寺を巡っていたわけですので、大変だどころの騒ぎではありません。現在は色々と恵まれているわけですからもう少し頑張ってみようと思う。訪問当日宇都宮駅から烏山線で1時間かけて烏山駅に到着し、そこから路線バスを利用して現地に到着する。バスを降りてすぐにある有名な照願寺の見返りの桜はまだ咲いていません。門を通り坂を上がっていきお寺には到着しましたが住職様も誰もおられませんので、本堂には入れず境内だけを見学させて頂きました。境内は結構樹木が鬱蒼としていて少し寂れている印象です。梅の花が綺麗に咲いていましたが他には特に見るべきものもなく、偶然見つけた開基念信房の石碑に手を合わせて帰ろうとすると、お隣さんもお寺(宗圓寺?)のようで声をかけて下さいました。お隣のお寺様はとても優しい方々で話を聞いて下さり、大変だろうからということで車で送って頂きました。非常に有難く、お忙しい中有難うございました。
県道293号を石柱に気づいて戻ると、そこがお寺に上がって行く道。東から車で走ってきたら間違いなく通り過ぎてしまうことでしょう。石柱に関東廿四輩 第十七番 毘沙幢山 照願寺 の文字。そこは真宗の古刹でした。たまたま隣の宗圓寺(同じく浄土真宗)の住職様から、お寺の歴史を伺うことができ、更には勝願寺の住職様にもお会いできて光栄でした。やはり親鸞聖人とゆかりの深い茨城県だけに、非常に興味深い訪問でした。
念信房は、寺伝によれば俗姓を高沢伊加守氏信といい高沢城主であった。縁起には、氏信は守り本尊の観世音菩薩のお告げと、父の臨終の遺言により、稲田草庵に親鸞聖人を訪ねたと記されている。城主とは言え地方にあっては民衆との、接触も多かったものと思われる。その中で、無常を観じつつ悩んでいるときに父の死に遭遇。信仰者であった父は、臨終の際に「稲田の親鸞聖人を訪ねよ」という言葉を残した。自らの悩みを持ち草庵を訪ねた氏信は、聖人の教化を仰ぎ、他力の不思議に心をひかれ、弟子となり「念信房勝渓」と法名を賜った。31歳のときである。
田舎の古いお寺です多分 百5じぅ年くらいもっと前かも知れないなんとか聖人の木像があります。
| 名前 |
照願寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0295-58-2411 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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クルマで坂を登って行かない方がいいです。