文京区の近代医療史を感じる。
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| 名前 |
旧東京府癲狂院(東京府巣鴨病院)のレンガ塀 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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🧱旧東京府癲狂院、のちの東京府巣鴨病院に由来するレンガ塀は、文京区本駒込・千石周辺の近代医療史を静かに伝える貴重な遺構です。現在の東京都立小石川中等教育学校の敷地西側付近に残るこの塀は、明治19年に東京府癲狂院がこの地へ移転してきた当時に築かれたものとされ、病院が大正8年に松沢へ移るまで、この一帯が精神医療の拠点だったことを物語っています。東京府癲狂院は明治22年に「東京府巣鴨病院」と改称され、のちの都立松沢病院へつながる系譜の中核をなす施設でした。このレンガ塀の見どころは、単に古い塀が残っているというだけではなく、日本の公的精神医療の初期史が文京区の町なかに具体物として残っている点にあります。上野公園内に開設された東京府癲狂院が、本郷区駒込東片町を経て、小石川区巣鴨駕籠町へ移り、ここで東京府巣鴨病院として展開していった流れを知ると、いまの落ち着いた街並みの見え方が変わります。東京府、巣鴨病院、松沢病院という固有名が一本につながり、近代東京が精神疾患をどう受け止め、どこで治療の制度を形にしていったのかが、このレンガの列に凝縮されているように感じられます。構造面でも興味深く、現地紹介ではイギリス積みで築かれたレンガ塀とされます。病院そのものは移転後に姿を消しましたが、境界を示す塀の一部が残ったことで、病院敷地の輪郭や近代施設らしい質感が今もわずかに伝わります。華やかな史跡ではありませんが、理化学研究所や学校へと土地利用が移り変わったあとも、この塀だけは医療施設の時代を黙って記憶しているようで、とても印象に残ります。