歴史を感じる弓渡神社で祈りを。
スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
弓渡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
天忍穂耳尊を御祭神とする神社で、創建年代等の由緒が詳らかでありませんが、古来、神号を聖真子大権現と号して創建したのが始まりとされ、明治政府が明治元(1868)年に発出した神道と仏教を分離するための法令『神仏分離令』により権現号が廃止されたため、明治18(1885)年に神号から現社号の弓渡神社へ改号されました。弓渡の地名は、平安時代の治承4(1180)年に石橋山の戦いで平家に敗走して安房国へ逃れた源頼朝(1147~1199年)が、源氏としての勢力回復を目指し、房総半島を北上する状況において、現在地の赤目川付近で援軍の千葉氏第3代当主・千葉常胤(1118~1201年)の迎えを受け、信頼の証として常胤に弓を渡したことに由来するとされます。境内には、御神木とされる目通り幹囲5m以上のスダジイの巨木他2本が自生し、明治18(1885)年造立の手水石と狛犬、明治22(1889)年建立の鳥居が奉納され、他拝殿内に江戸時代後期の文政2(1819)年8月奉納の「仁田四郎忠常の猪狩り図」、江戸時代後期の天保15(1844)年8月奉納の「句額」2額、江戸時代後期の嘉永4(1851)年奉納で明治36(1903)年修繕の「源頼光 大江山鬼退治の図」、江戸時代末期の安政6(1859)年9月奉納の「天岩戸の図」、明治15(1882)年9月奉納の「源頼政の鵺(ぬえ)退治図」、明治25(1892)年奉納の「豊臣秀吉高松城和議の図」、明治45(1912)年奉納の「富士登山図」、 奉納年代不明の「神社参拝記念の図」、奉納年代不明の「出征男子の拝み図」など多くの絵馬や額が献納され、明治維新後の近代社格制度において村社に列格された弓渡地区の鎮守神です。境内を共用する弓渡公民館周辺に駐車スペースあります。