大野町稲富の忠魂碑、歴史に触れる。
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| 名前 |
忠魂碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大野町稲富に、砲弾型の「忠魂碑」が祀られています。碑柱を囲む外柵も小さな砲弾で建てられており、厳かで美しくとても立派な忠魂碑となっています。碑文は、「忠魂碑、陸軍大将一戸兵衛書」とあり、碑背文には、「昭和参年秋」と刻まれています。(一戸兵衛氏は、弘前出身の陸軍大将であり、日露戦争の旅順攻囲戦で勇名を馳せました。退役後は、学習院院長、明治神宮宮司、帝国在郷軍人会長を務めました)碑柱には、銘板が3面あります。右側面の銘板には「明治三十七八年日露戰役戰死者」8名、「昭和十二年乃至昭和十六年日支事変戰死者」12名、「昭和十六年乃至昭和二十年大東亜戰役戰死者」14名の戦死年月日と御英霊のお名前が刻まれています。背面の銘板には、40名の戦死年月日と御英霊のお名前、左側面の銘板には、32名の戦死年月日と御英霊のお名前が刻まれています。そして、忠魂碑の前には一対の石燈籠が奉納されています。なお、敷地内には「戦没軍馬之碑」も建てられています。訪問時は、立派な南天が実り、山茶花が咲き始めてとてもきれいでした。忠魂碑建立に携わった方々の思いを偲ぶと共に、御英霊の武勲を讃え、感謝の祈りと安らかなるご冥福をお祈りしてきました。