多古町唯一の雷電神社。
雷電神社の特徴
多古町で大雷神を祭る唯一の場所です。
1470年に勧請された歴史深い神社です。
雷電神社は水乞いの社として有名です。
多古町デジタルアーカイブによると、文明2年(1470)勧請、祭神は大雷神ですが、多古町で大雷神を祭神とするのはここだけ。境内には木造小宮の子安様と石宮の疱瘡神があります。それにしても、これほど厳重に保管している賽銭箱を見たことがありません。こんな片田舎で何度も被害があったのでしょうか?
雷電神社とは水乞いの社、の意味になります。日照りが続き昔から農地が干ばつになると、稲妻を伴う雷雨が天の恵みになり、農民は雷の到来を喜んだ言い伝えがあります。主に茨城県南部、千葉県北部にのみ存在する神社、水乞いの神、その名称が「雷電神社」になったのです。
| 名前 |
雷電神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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三社大神参拝後、法眼寺御住職の奥様から「この近くに雷電神社という彫刻が彫られた神社があるわよ」と教えていただいたので、せっかくだから訪れることにしました。「このままここに車を置いて歩いて行った方いいよ。滑るから」と言われたのですが、またここに戻ってくるのも面倒なので「大丈夫ですよ」と答え法眼寺を出ました。途中、道路がどんどん狭くなり(ただでさえ狭い道なのに💦)、このまま直進でいいのか迷っていると…民家の庭で奥さんが飼い犬とまったりしていたので「雷電神社⛩️はこのまま直進でいいのですか?」と尋ねると、「その車で行くの?やめた方がいいよ。傷だらけ、泥だらけになるから歩いて行きな」とのこと。わざわざ庭から出てきて、「そこに停めて歩いて行った方いいよ」とバックの誘導までしていただきました。言われた通りに歩いて行くと、登り坂で泥と落ち葉が積もった状態で、さらには大きな木の枝も沢山落ちていました。スニーカーでも滑ります。やっぱり地元民の言うことは素直に従うのが一番です💦💦坂道を登りきり参道に入ると、途中2ヶ所明らかに人為的に竹で参道を封鎖している状態でした。でも、法眼寺御住職の奥様も民家の奥様も入ってはいけないとは言ってなかったので跨いで進みます。鳥居⛩️の扁額は氏子さんが作ったであろうものです。さらに進むと拝殿の前に異様な光景が…賽銭箱が厳重にブロックされていました!賽銭泥棒が多いのでしょうか、、、それにしてもこんな田舎の人がほぼ訪れそうもない神社にお賽銭を10000円とか入れる人はいないでしょうに。じゃり銭しか入っていないはず。だから参道を封鎖してあったのかと理解できました。さて、拝殿裏の本殿はというと、覆屋で囲まれています。覆屋の中に、さらに玉垣があるという、こちらも警戒厳重です。まるで首相官邸の周りをお巡りさんが24時間包囲しているようです(笑)覆屋の格子の隙間が狭く思うように見えません。向拝の龍は外れてしまったのでしょう、立て掛けてありました。胴羽目部分は、「お経の文字を書いた菊の葉から落ちたしずくを飲んだところ800年もの間、少年のままで過ごしたという菊慈童」、「鉄の鉢から龍を出し干魃を救った陳楠」、もう一面は何かの仙人なのでしょう。脇障子部分もよく見えません。多分、猿でしょうか。胴羽目部分はクラックが入っており経年劣化が進んでいました。創建などを帰宅してから調べてみると、『寛文4年(1664)に書かれた「因縁記」には、大同2年(807)以来この地に鎭座していることから、村名も石成となったとある。雷を祭神とする珍しい社で、町内ではここだけである。もとよりこの村は戸数20戸ほどの村であったため、明治12年(1879)に隣村水戸村と合併して、村名を水戸村に改めた。』という古社ということが分かりました。ちょっとした冒険でした。地元の方に声掛けしていますので、賽銭泥棒とは思われなかったことでしょう(笑)