鳥取城址で感じる歴史の深み。
登石垣(竪石垣)の特徴
鳥取城址の歴史が感じられる階段があります。
移築された独特な階段が印象的です。
久松山の斜面に築かれた石垣の魅力。
移築された階段。もともと軍事的利用の為に作られた階段。
2026年3月下旬平日早朝再訪。今回も桜の季節には早かったですが、天気も良く気持ちの良い散歩が出来ました。
●鳥取城址の右膳ノ丸跡を散策して一番奥|向って左手の奥に階段があります。丁度隅櫓の下から上を見上げると、何やら斜め上に上る階段の様に遠目には見えたのですが、両サイドを石垣で築いたSかなり急なスロープで調べると、登石垣|竪石垣/たて石垣との事でした。 しかし鳥取城址は天守閣や櫓などの建造物は在りませんが、壮大で見事な石垣や縄張図を描きながら巡っていきました。●最近中ノ御門などが復元され更に太鼓御門などの復元計画が進行中との事。日々石垣の補修や積み直しなどが進化しているようで、工事関係者の方にお礼申し上げます。※石垣を見ると、どうしても石材が気になってしまいます。白っぽい花崗岩類と灰色の安山岩類が積まれているとの事です。
| 名前 |
登石垣(竪石垣) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
鳥取城跡の二ノ丸北端付近、久松山の斜面に沿って築かれているのが「登り石垣(竪石垣)」です。一般的な石垣が斜面の等高線に沿って横方向に築かれるのに対し、登り石垣は斜面を縦方向に這うように築かれているのが特徴です。鳥取城の登り石垣は、幕末のものとしては国内唯一とされる珍しい遺構です。築かれたのは江戸時代末期の嘉永2年(1849)で、二ノ丸の拡張に伴って整備されました。戦国時代を起源とする鳥取城では、江戸時代に大規模な城郭整備が進められましたが、幕末になっても二ノ丸の拡張とともに新たな石垣が築かれていました。このことからも、鳥取城が長い年月をかけて姿を変えてきたことが分かります。二ノ丸付近から山手に目を向けると、木立の中に石垣が帯のように現れ、斜面を上へ向かって伸びていく姿を見ることができます。横方向に連なる一般的な石垣とは異なり、山の斜面に沿って縦に伸びる独特の形は、実際に目にすると印象的です。周囲の木々に囲まれているため、石垣が突然視界に現れるように感じられるのも、この場所ならではの景観です。戦国時代から江戸時代、そして幕末へと長い歴史を重ねてきた鳥取城。この登り石垣は、その最後の時期に築かれた遺構として、時代によって変化していった城の姿を伝えています。二ノ丸の高石垣とあわせて見ることで、平坦な曲輪だけでなく久松山の斜面まで取り込んだ鳥取城の独特な構造を感じることができます。