八岐大蛇退治の剣、祀ります。
多倍神社の特徴
駐車場は神社前にあり、アクセスが便利です。
剣を祀る多倍神社は素戔嗚尊が祭神です。
創建は古代に遡り、歴史的な意義があります。
多倍神社693-0506 島根県出雲市佐田町反辺1064祭神:須佐之男命(八岐大蛇退治の劔の神霊)足仲彦命他神紋:亀甲に劔創建は古代に遡り詳細は不明、多米連の祖を祀るとされている。多倍神社(十挙剣)の東・約1.8Kmに須賀神社(最初の和歌)、東南・約2.5Kmに須佐大宮、南・3.1Kmに大呂神社(大蛇)が在り、ここに神話の世界が存在している。面白いことに、須佐之男命の鬼退治伝承が残る地でもある・・多倍神社の社殿には大岩(首岩)が有り、須佐之男命が鬼退治をして、鬼の首をここに埋め大岩で蓋をしたと云う。この2つの伝説は・・スサノヲが朝鮮半島から渡来して、先住の製鉄技術を持つ部族を制圧して出雲地方の支配者となった事を闇に物語っている。
御祭神は須佐之男命。八岐大蛇を斬った剣(「十拳剣」、別名「天羽々斬(あめのはばきり)」の御神霊を祀っているとのことで参拝させていただきました。見過ごせないのが、大蛇退治だけでなくスサノオノミコトが、鬼の大将を退治して その首を埋めてそのフタを大岩でしているという鬼退治伝説。そして、境内の後ろの「首岩」はかなり大きく神聖さがあります。書かれている他の磐は危険なところにあるらしい。ここから、少し行ったところの鬼の腰掛岩は磐座好きでしたらぜひ見てもらいたいですね。写真では全く伝わらないくらい圧巻です。(入場料200円入りますが)。境内はきれいで横のお稲荷さんの朱色がまた映えますね。合祀 宇佐八幡(高櫓八幡)、石清水八幡・河内神社・湯村神社八幡系が多いですね。現在の合祀神は、足仲彦命・誉田別命・息長足姫命・湯山主命(大国主)・稲田姫命・和田津見命。海神が入っていたり、湯山主命で大国主が祀られている地域というのもおもしろみがあってよかったです。
“十束剣(とつかのつるぎ)”といえば素戔嗚尊と姉である天照大御神の誓約のシーンに登場する剣と思っていたら、八岐大蛇を成敗した時の剣でした。“十束剣”は固有名詞ではなく、日本神話に登場する剣の総称というのを知った神社です。元々、須佐神社の摂社だったこともあるので、セットでの参拝がおすすめ。
須佐之男命による八岐大蛇退治の際の剣の神霊をお祀りしています。本殿奥には、首岩と呼ばれる大岩があり、須佐之男命が退治した鬼の首を埋めた上に蓋をした場所と云われています。境内は、綺麗に掃除されていて清々しい所です。
祭神は須佐之男命です。創建年代は不明です。須佐之男の八俣大蛇退治の剣の神霊を祀っています。上古は剣大明神上野神社と呼ばれていました。当地は、須佐之男の鬼退治伝承のある地です。須佐之男は、退治した鬼の首を埋め、大岩(首岩)で蓋をした上に社殿があると伝えられています。この大岩に触れると血が付くといわれ、玉垣で囲まれています。式内社・多倍神社に比定されている古社です。出雲国風土記にには「多倍社」と記載されている神社です。
出雲國風土記「多倍社」、延喜式飯石郡「多倍神社」主祭神:須佐之男命素戔嗚尊と八岐大蛇を退治した剣を祀る神社。合祀されるのは足仲彦命・誉田別命・息長足姫命・湯山主命・稲田姫命・和田津見命。さらに境内社も多数あり。本殿の後ろには首岩と呼ばれる巨岩があります。この付近に鬼が住んでおり、素戔嗚尊が退治されてその首を岩の下に埋められたという伝承が残っています。明治初めの神社制度改正の際に村社に列せられましたが、その後、宇佐八幡、石清水八幡、河内神社、湯村神社を合祀。昭和12年には県社に列せられました。
駐車場は神社前にあります。本殿裏には須佐男が退治した鬼の首を埋め、大岩で蓋をしたと言われる磐座があります。今でもその岩に触れると血がつくとか!
| 名前 |
多倍神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/izumo/6c320cc26d85fc894b93aec9d84ebbb5a651fe53.html |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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多倍神社(たべじんじゃ)。島根県出雲市佐田町反辺。式内社(小)、旧県社。【祭神】須佐之男命(合祀)足仲彦命 誉田別命 息長足姫命 湯山主命 稻田姫命 和田津見命資料によると、創祀年代は不詳。式内社・多倍神社に比定されている古社。出雲国風土記に「多倍社」とある神社。『雲陽誌』には「剣明神」とあり、須佐之男の八俣大蛇退治の剣の神霊を祀る。よって、通称は剣さん。上古は剣大明神上野神社と呼ばれていた。当地は、須佐之男の鬼退治伝承のある地で、退治した鬼の首を埋め、大岩(首岩)で蓋をした上に社殿があるとも伝えられる。この大岩に触れると血が付くといわれ、玉垣で囲まれている。そういえば、少し濡れているような気がしないでもない。また、本社後方の山上にも多くの巨岩があり、それぞれに名前が付いている。もとは須佐神社の摂社だったが、明治維新の際に独立し村社となった。明治四十年、無格社・石清水八幡・河内神社・湯村神社を合祀。昭和十二年、県社に昇格した。とあります。