歴史と共に歩む一里塚。
新戸の一里塚の特徴
1617年に設けられた新戸の一里塚は歴史的価値が高いスポットです。
徳川家康公の神霊を移送するために整備された街道が印象的です。
現在は石碑だけが残る、一里塚跡の静かなひとときを楽しめます。
1617年徳川家康公の神霊(御尊櫃)を駿府の久能山から日光の東照宮へ改葬⋅移送するために街道(御尊櫃御成道)が整備され、その折りに設けられた「新戸の一里塚」現在は石碑のみ。次は麻溝台(ファミマ付近)だが消滅し、その次は木曽一里塚(町田市)がある。移送には徳川家臣団千人の武者大行列であったという。現在でも日光でその千人行列祭が毎年5月に再現されている。
| 名前 |
新戸の一里塚 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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一里塚跡です。一里塚は通常、街道の両側に土盛した小山を造り、その上に遠くからでも目立つような榎(えのき)や松など木々が植えられていました。1609年ごろから順次作られました。一里はだいたい3.9kmです。新戸の一里塚も 府中道の左右に塚がありました。土で盛られたその塚の高さは3.3m。塚の頂にはエノキがうわっていましたが、1789年~1801年の間に枯れてしまいました。元和3年(1617年)家康の棺が日光東照宮に運ばれる時に、新戸の一里塚がつくられたといい伝わっています。ここより東北の方向の一里(3.9㎞)先、下溝村に又一里塚があります。(今はもう跡ものこっていないようです)今は1mほどの石塔があるだけです。新戸村 新編相模風土記より塚 府中道の左右に相對す。高さ一丈。頂に榎樹ありしが寛政中枯る。元和3年神柩通御の時築き立てありし一里塚なり。と傅ふ。爰より東北の方の下溝村に至りて一里、其所に又塚あり。