朝木市の歴史に触れる廃校跡。
旧神子畑小学校の特徴
明治33年創立の歴史ある小学校跡地です。
体育館と校庭の遊具が残る哀愁漂う場所です。
廃墟好きにはたまらない魅力あるスポットです。
廃墟が好きな人にはたまらないと思います。昼ならそこまで怖くないです。鉱場跡からも近い。
体育館と校庭の遊具が残ってます。1972年に廃校となったようです。
体育館しか残っていないが、当時の子供たちの楽しそうな声が聞こえてきそうで廃校跡は哀愁をそそる。廃校後も建物は是非残してほしい。
なかなか激しく崩壊している。内部には当然入れないが、窓から様子を見ることはできる。屋根に松が生えて成長しているのが見どころ。
「朝木市:神子畑小学校跡」2025年9月にバイクツーリングで立ち寄りました。今は体育館しか残っていませんが、当時の様子を伺い知ることができる建物です。1972年に廃校となった割には意外と綺麗です。兵庫県朝来市の神子畑小学校は、鉱山で栄えた神子畑地区に昭和29年(1954)佐嚢小学校の分校として開校しました。最盛期には 200名ほどの児童が在籍していたそうです。昭和44年に独立校となり、地域の子どもたちの学び舎として機能しましたが、昭和47年(1972)に山口小学校へ統合されて廃校となり、わずか18年の歴史を閉じました。校舎は撤去されていますが、体育館や遊具が残り、当時の面影を今も伝えています。ちなみに体育館は 昭和30年代に建てられたそうで、コンクリート造(プレキャストコンクリート工法=「プレコン」工法)が用いられています。貴重な近代建築遺構だと思います。周辺は明延鉱山から生野製錬所へと鉱石を運んだ「鉱石の道」の一部で、産業遺産として保存され、地域の記憶とともに歴史を語り継いでいます。なお、近くにはプール跡もあります。
屋根や外壁が当時のまま残っています。内部は、資材が置かれています。保存状態は良いですね。当時の子供たちの姿が思い浮かぶ様です。隣りの大イチョウに見守られている様です。
明治33年に創立した小学校で、最盛期には200名以上の子供が学んでいたそうです。昭和47年4月1日、山口小学校に統合されることになり、廃校となりましたとされています。統廃合されたことに関しては、学校跡地に建つ石柱の裏面にも彫られています。現在はプレコン工法で造らてれた体育館と校庭に残る遊具が、学校であったことを物語っています。作文で僕(私)のお父さんという宿題に隣の神子畑選鉱場で働いています。という子供たちも、きっといたんでしょうね。体育館から少し上にある「岩石園」というモニュメント・・昭和30年の卒業生が記念に残した作品ですが、刻まれた絵と卒業生の名前・・まさか廃校になり、数十年を経て今、作った人はどうされているのか・・などいろいろと考えさせられる場所です。なお、一部立ち入り禁止区域があります。入らないように気を付けてください。駐車場は神子畑選鉱場跡のPから徒歩数分なので、そこから十分歩けます。
| 名前 |
旧神子畑小学校 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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最初何の廃墟かと思ったけど、学校と知って納得。諸行無常の響きじゃ無いけど、ここが稼働していた当時の面影を残す建物で、それだけ人が多かったんだろうなと思う。学校っていうのは普段のイメージが子供の声が響き渡る後者のイメージがあるから、廃墟になった学校程哀愁を感じる建物も少ないと感じた。