仲宿マンション脇の無縁供養塔。
| 名前 |
無縁仏 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
〒173-0005 東京都板橋区仲宿65−1 仲宿マンション |
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仲宿マンションの脇にひっそりと建つ「無縁供養塔」です。正面には「南無妙法蓮華經無縁供養塔」と刻まれ、側面には「信士信女」「童男童女」「㚺兒」と読める法号が刻まれています。「信士・信女」は成人男女、「童男・童女」は男女の子供、「㚺兒」は「孕児」、すなわち胎内の子を意味すると考えられます。この場所を理解するうえで重要なのが、仲宿の歴史です。昭和44年(1969)3月20日未明、このすぐ近くで都市ガスが漏洩し、大規模な爆発・火災事故が発生しました。国会会議録にも記録された大事故で、「石井テント店」で最初の爆発が起こり、石井悠司氏の一家5人が亡くなっています。また、この一帯にはかつて、現在は赤塚の「東京大仏」で知られる浄土宗・乗蓮寺がありました。乗蓮寺は天保の大飢饉の際、板橋宿で亡くなった多数の人々を境内に葬り、供養した歴史を持つ寺です。その後、首都高速道路建設などに伴い、昭和46年(1971)頃から現在の赤塚へ移転しました。つまりこの周辺には、・江戸時代、飢饉などで亡くなり旧乗蓮寺に葬られた人々・昭和44年の仲宿ガス爆発事故で亡くなった一家5人・その後の寺院移転と旧寺域の再開発という複数の「死者を弔う歴史」が重なっています。ただし、この塔が「天保飢饉の死者」や「1969年の事故犠牲者5人」を直接合祀したものだと示す建立銘や公的記録までは、現在のところ確認できません。そのため、インターネット上にある「事故の身元不明者をここへ葬った」「マンション建設時に大量の人骨が出た」といった話は、史実と伝承を分けて考える必要があります。それでも、事故で一家5人が亡くなったこと、かつてこの一帯に多数の無縁の死者を供養した乗蓮寺があったこと、そして現在ここに「無縁供養塔」が残されていること自体は非常に重い事実です。単なる「心霊スポット」として扱うより、江戸から昭和にかけてこの土地で亡くなった人々を忘れず、静かに手を合わせるための場所として残していくべきだと思います。板橋区役所のすぐ近く、日常の街並みの片隅にありますが、仲宿という土地が背負ってきた歴史を今に伝える、非常に印象深い供養塔です。隆生院法妙法友輝德信士信女追善増進菩提🙏🏻健生院法妙喜久德童男童女追善増進菩提🙏🏻幸生院法妙戒樂德㚺兒追善増進菩提🙏🏻一切精霊生極楽上品蓮台成正覚菩提行願不退転引導三有及法界🙏🏻