高浜虚子の足跡、砂丘パレスで。
俳人高浜虚子句碑の特徴
昭和7年に詠まれた高浜虚子の句が残る石碑です。
鳥取砂丘の美しい景観に囲まれた貴重な史跡です。
廃墟スポットとしても人気の砂丘パレス敷地内に位置しています。
俳人 高浜虚子が昭和7年(1932年)鳥取砂丘を訪れて詠んだ作品です。高浜虚子は案内板にあるように正岡子規主宰(ホトトギス)の門人です。忘れてならない門人で俳人が鳥取文壇におり、高浜虚子に学び終生の親友であり続けた阪本四方太です。四方太は五歳の時に岩美町大谷から鳥取市東町へ転居します。屋敷の中には栗や柿の木が生育、本人はとてもお気に入りの住まいでありました。明治27年 四方太21歳時に仙台で虚子に出合い、その後は門下生として東京根岸の正岡子規宅へ出入りしますが大正6年5月16日、以前からの病が悪化し四十四歳の若さでこの世を去りました。それから15年が経過した昭和7年10月に高浜虚子は鳥取砂丘を訪れ(秋風や 浜坂砂丘 少し行く)を詠います。そして四方太の東町の旧宅を訪ね(柿の木の 古き軒場を 見上げけり)と詠みました。今は亡き親友に想いを寄せる虚子の心境が浜坂砂丘に佇む(俳人 高浜虚子句碑)と共に胸に迫りました。阪本四方太命日が二日後に迫ります。
| 名前 |
俳人高浜虚子句碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
【廃墟】スポットとして有名な【砂丘パレス】敷地内にある石碑です。秋風や 浜坂砂丘 少し行く虚子他にも近くには第71代首相・中曽根康弘や高浜虚子の弟子・森川暁水の句碑があります。荒海へ 砂吹かれゆく 北斗かな康弘月荒き砂丘は古邑うつむとや暁水。