武田信玄の合戦跡地で歴史散策!
| 名前 |
伴野南堂 |
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| ジャンル |
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| HP |
https://www.vill.nagano-toyooka.lg.jp/15sports/02bunkazai/tomonominamidou.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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天文23年(1554年)、8月15日武田信玄の信濃侵攻に伴い、重臣であった秋山虎繁・山本勘助らが飯田市上久堅の神之峰城を攻略した時に、武田勢は伴野・林・田村前の天竜川を渡り、林・伴野の河原一体で合戦が行われた。この時、知久氏の領内にあった寺社はみな焼討され、知久氏の菩提寺であった洞岩寺の他に、文永・安養・慈恩・向西・泉龍の各寺院と河野大宮神社・田村諏訪神社が焼失した。知久頼元の嫡男、頼康は伴野南堂に本陣を置いて武田勢を迎え撃ち大決戦を展開したが敗北、頼康と多くの将士は討死する。更に武田勢は南下し知久郷に迫ったため、頼元は座光寺貞信らと共に神之峰城に籠城するが落城した。頼康の遺骸は洞岩寺に葬られ、将士は南堂の墓地に埋葬された。現在も将士の墓と伝わる五輪塔が数基残っている。知久氏wikiより。