多賀城跡で歴史の息吹を感じる。
多賀城廃寺跡の特徴
多賀城と同時期に創建された寺院跡です。
特別史跡に指定された付属寺院跡です。
陸奥国の国府があった歴史深い場所です。
多賀城は奈良時代に陸奥国の国府として造影され、それ以降中世まで国府が置かれた遺跡です。多賀城廃寺跡は、古代文献には何ら記録はありませんが、史跡指定にあたってこれを多賀城の付属寺院であるとみなして多賀城跡に附指定されたものです。
多賀城とほぼ同時期に創建された寺跡。寺の名前は不明。発掘調査により土器が多く発見された。
2021年8月24日に見学しました。神亀元年724年に大野東人が、陸奥国の国府として多賀城を創建したとされています。多賀城と時期を同じくして、この寺院も完成したと思われます。陸前山王駅近くの山王遺跡から「観音寺」と書かれた土器が発見されました。そのことから、多賀城廃寺の寺名は、観音寺だったのではないかと考えられています。寺院の伽藍配置は、太宰府の観世音寺と瓜二つです。
多賀城跡と併せて特別史跡に指定された付属寺院跡。三重塔と金堂が向かい合うように東西に配置され、北側に講堂があったと推定されており、この伽藍配置は福岡県太宰府の観世音寺と似ているということです。多賀城廃寺跡は文献史料上では存在が確認されていないようですが、多賀城跡の創建瓦や9世紀後半の瓦と同笵のものが出土したことなどから、多賀城と同じ変遷であったと解釈されているようです。多賀城跡とは線路を挟んで反対側に位置しているので移動が大変ですが、遺構表示も同様に整備されているので訪れてみるのも良いと思います。お隣の東北歴史博物館にも少しく解説があります。写真撮影月 令和3年1月9日。
詳しい縁起は明らかではないが、多賀城の南西1㎞の高台にある多賀城と同時期に創建されたと推測される寺院跡。中門・塔・金堂・講堂の跡が残り、その礎石からかなり整備された寺院であったと推測される。駅を起点にすると多賀城とは反対側にはなるが、時間があれば立ち寄りたい場所である。
公園としても史跡としても、ちょっと中途半端な整備状況です。隣接する多賀神社や多賀城政庁との関係など、もっと説明するものがあればいいのにと思います。ただ、中途半端なだけに、知名度がそれほど高くない分、安らぎの場としては非常に良いかも。駐車スペースが数台分しかないので、JR東北本線国府多賀城駅で下車して、徒歩でお越しになるのが良いでしょう。東北歴史博物館を見た後に、ぶらぶらするのをお薦めします。
| 名前 |
多賀城廃寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
022-368-1141 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.tagajo.miyagi.jp/bunkazai/shiseki/bunkazai/shitebunkazai/kunishite/terato.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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多賀城廃寺跡です。近年観音寺という名前だったと判明したようです。今は礎石を残すのみです。