1852年、歴史の息吹を感じる。
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| 名前 |
常盤台観世音菩薩 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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【ペリー来航の前年、1852年。この小さなお堂の観音さまは造られました】水久保公園のすぐ北、住宅地の細い路地にひっそりと「常盤台観世音菩薩」と掲げられた小堂があります。一見すると、地域の方が守っている小さな観音堂。しかし私は、この中に祀られている石仏の来歴を知ってから、この場所の見え方がまったく変わりました。この石仏は、嘉永5年(1852)造立の馬頭観音と記録されています。ペリーが浦賀へ来航する、その前年です。2015年の石仏調査でも、現在と同じ水久保公園北側の小堂で確認され、像の右側面には嘉永5年の年号、左側面には願主の名前が刻まれていたと記録されています。【「常盤台」という街より、この観音さまの方がずっと古い】私はここが最も面白いと思います。現在の常盤台は、昭和10年代から東武鉄道によって計画的に開発された住宅地です。ところが、この馬頭観音が造られたのは1852年。つまり、今私たちが知る「常盤台」という住宅街が誕生する80年以上前に、この観音さまはすでに存在していました。マンションや住宅が並ぶ現在の風景だけを見ていると分かりませんが、この小堂の中には、まだこの辺りが現在とはまったく違う景色だった時代の信仰が残っています。【格子越しに、頭上をよく見てみてください】石仏は風化が進み、堂内も暗いため、一見しただけでは像容が分かりにくいです。私も最初は、馬に乗った勝軍地蔵のようにも見えました。しかし、少し目を凝らして頭上を見ると、小さな馬頭らしきものが見えてきます。馬頭観音は、その名の通り頭上に馬頭をいただく観音菩薩です。近世以降は馬との結びつきが特に強くなり、牛馬の安全や供養を願う信仰として各地に広がりました。板橋区内にも多くの馬頭観音が残り、「区内所在石製馬頭観音(一括)」が区の登録文化財となっています。この小堂の格子に馬を描いた絵馬が奉納されているのも、私はとても印象に残りました。【私が一番心を動かされたのは「古さ」ではありません】1852年の石仏が残っている。それだけでも十分興味深いのですが、私にとって本当に印象的なのは、170年以上経った現在も、ここが単なる「史跡」になっていないことです。お堂の前には花が供えられ、絵馬が掛けられ、鉢植えや小さな水場まできれいに整えられています。建立や改築に関わった方々の名前を記した板も堂内に残されています。誰かが今もここへ来て、掃除をし、花を供え、手を合わせている。私は、その事実の方に強く心を惹かれました。文化財に指定され、大きな説明板が立っているから残ったのではなく、名も知らない地域の方々が「ここにいていただく」ことを選び続けたから、令和の住宅街に嘉永年間の観音さまが残っているのです。170年以上前の祈りが、今も途切れず続いている場所なのです。実に尊く、無くなって欲しくない光景であります🙏🏻