一つの用水路の碑を訪れよう。
| 名前 |
町田堀・南河原用水分点跡碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
〒212-0033 神奈川県川崎市幸区東小倉22−1 グランシーナ新川崎コンフォートステージ |
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「かつてここを流れていた一つの用水路が二つに分かれる場所を後世に残す碑、車止めのポールと見間違えやすい。」江戸時代初めに徳川家康公(とくがわ いえやす 1543~1616)によって多摩川の水を使って新田開発を行うために「二ヶ領用水(にかりょうようすい)」と呼ばれる全長約18キロにも及ぶ用水路を建設しました、これはまさにその「二ヶ領用水」の一部であった町田堀(まちだぼり)と「南河原用水」とに分かれる場所いわば「分水点」を現しており、碑の正面から見て左側が「つかこし村(町田掘り)右側が「やかう村・南河原村(南河原用水)」となっています。江戸時代の頃は見渡す限りの田んぼでここでとれたお米は大変美味しいと評判だったそうです、明治時代に入り周囲は工場が立ち並び昭和40年代頃(1960年頃の高度成長期)には生活排水が流れ込んでドブ川と化した事から用水路の上にコンクリートの蓋をする「暗渠化」などが行われ今では見る影もありません。